Just Melancholy

140字の小説をほそぼそと流します。本(ナンデモ)を読むことと旅(京都と外国)に出ることと文章を綴ることが大好きです。

140字小説

【140字小説】#0048

長い石段を駆け登る、駆け下りる。段々に打ち付けられる下駄の朴歯の音が四方八方へ乱れ飛ぶ。幽霊たちにぶつからぬよう、彼らの隙間で体を捻り、裾をはためかせ、ときおり石段に手をつくようにまろぶ。狐の面をつけた彼女が狐のようにしっぽを波打たせ、お…

【140字小説】#0047

手のラムネの瓶が汗をかく。神社の境内にずらりと並んだ古書を冷やかして見て歩く。一冊一冊の想念が次の継承者をじっと待ち構え、薄目で息を潜めている。この炎天下に木陰があるぶんだけましにせよ、ご苦労さまです。瓶をふと見ると、口をつけてもいないそ…

【140字小説】#0046

周囲を取り巻く山々へ文字の形に火が灯される。点火のたびに、病院の屋上に見学で集った人々の口から歓声があがった。ある山の順番に来たとき、それが阿鼻叫喚へと変わる。どんな文字が描かれたものか、ひとの背に隠れたわたしには見えない。巨大な翼を持つ…

【140字小説】#0045

赤いソファに深く沈み、珈琲を口に。気取られぬよう、素早く視線を隅々に走らせる。スタッコのうえに塗りつけられた、装い正しい紳士と淑女がぎこちなくカップを手にする。天井から降り注ぐ交響曲の滝が彼らのひそめきを聴き取らせない。百年前の珈琲の香り…

【140字小説】#0044

眼下に広がる町並み。どこまでも高い建物はなく、彼方に山の影がおぼろに浮かぶ。切り立つ崖のあいだを抜けたところにこの寺はある。町の東北、鬼門に在所し、永に渡り町を守り続けてきたという。今も足元からかたちを持たぬものたちの息吹が微弱な電流のよ…

【140字小説】#0043

踏切を越え、しばらく行ったところにその本屋はあった。おもての通りにひとの往返はないのに、店の中はとても賑わっている。棚に並ぶ本はどれも見たことがない。何て胸はずむ本屋だろう。そうか。ここへ入るひとはいても、出ていくひとはいないのだ。私は棚…

【140字小説】#0042

八月のラプソディに誘われ歩いていると、いつの間にか丘の上に出ました。夜空にはクモの巣状に連なった星々が燦燦とさざめいております。私のあとを追ってきたのっぽとちびのお付きが、ここは天国、あそこは地獄と言います。このうえなく美しいのにと不思議…

【140字小説】#0041

小学生の頃、ここの墓地でよく遊んだんだ。子供には、広場と変わらないからね。あそこに銀杏の樹が見える? 小学生くらいの子供ならすっぽり全身を隠せるウロがあってね。日本の電気会社がそこのウロに機密情報を隠し、後日ソ連のスパイがそれを回収していた…

【140字小説】#0040

ほどほどに暖かいし、汚れてるけど、空気や水もある。ひとの体から出る食べ物の成れの果てを始めとして、あらゆる養分が流れ着く。科学薬品もチャンポンだから、環境適応能力でいろんな免疫を持ってるんだろうね。そんな生き物がシンクの排水口からぬらぬら…

【140字小説】#0039

初めて部屋で幽霊を見たときはやっぱりびっくりしたよ。でも、いつの間にか室内をうろうろさまよう姿は風景になっていた。私が話しかけると「うっ」とか「あ…」とか返事をしてくれるんだ。声を出せるなら、たまには何か話しかけてくれてもいいのにさ。私は朝…

【140字小説】#0038

この坂で転ぶと三年のうちに死ぬんだって。子供のとき、坂の途中の黒いアパート、あそこに死神がいると勝手に信じて、私、前を通るときはいつも駆け抜けてたんだ。でも、あるとき二階の窓を見上げたら、磨り硝子越しにひとの顔が見えたの。男か女かも分から…

【140字小説】#0037

川べりのレストランで転勤になるボクにささやかな歓送会。友人たちは妻の同伴を望んだ。会が開き、駅へ移動する途中で妻が「熱がある」と言う。手近なベンチに腰掛け、休む。川を挟んで、さっきのレストランが見えた。川面に店の明かりが反射し、ゆらめく。…

【140字小説】#0036

昔の映画館は便所から小便の匂いが漂ってきてさ。もっと場末って感じだったよ。何百席もある立派なのはほんのひとにぎり。何してるかわかんない奴らが日がな一日時間を潰していたっけな。そんな映画館の便所から女の絞殺死体が見つかったんだよ。いやなに、…

【140字小説】#0035

地面に止まれって書いてあるから、ここに止まろ。いいじゃん、そんなに急いで帰らなくても。もう少しして、太陽が山の端に差し掛かると、この見渡すかぎりの田園が真っ赤になるんだよ。空も同じ。世界が一色に染まるとしたら何色がいい?わたしは断然赤だな…

【140字小説】#0034

頬の膨らみにはうっすら産毛があった。おくれ毛は清らか。いつも姿勢よく、黒板を見つめ、ノートをとるときも、僕みたいに背中を丸めない。問題を解きあぐねたときにだけ、少し腰をずらし、背もたれに軽く背を当てる。僕は彼女を後ろから見つめるだけだった…

【140字小説】#0033

どうしてそんな風に軽々しく、自分が飲んだペットボトルを俺に差し出すんだ。気持ち悪いとか思わない?いや、俺がじゃなくて、お前が。俺、クラスの女子に嫌われてるし。普通に接してくれるのお前だけだし、お前には気持ち悪いって思われたくないし。「何し…

【140字小説】#0032

砂の城が崩れるように、あなたの返信はどんどん短く、つれなく、間遠になっていく。それはもはや言葉ではなくて、記号だった。解読するほどの裏の意味もないのだろう。記号には信号を返すだけ。わたしの心を占めているのは、点と線。匂いも暖かさも厚みも音…

【140字小説】#0031

沸騰した草の匂い。凹凸のある原野に躓かぬよう、視線を足元に固定する。いつの間に立ち止まったか、私はその背中にぶつかる。夏は生命がその本然を剥き出しにする。あらゆるものが原色で描かれ、息苦しい。いつかこの道行きが懐かしくなるその日まで、私は…

【140字小説】#0030

遠くで花火のあがるドーン、ドーンという音がする。しかし、この部屋には沈黙が広がるだけ。世界から切り離されてしまったかのようだ。ほんの少し前まではあんなに騒がしかったのに。どれだけわたしが懇願しても、あのひとの拳は振りかざされた。今はソレも…

【140字小説】#0029

お祭りの人混みを友人たちと連れ立って歩く。誰かとすれ違った刹那、そのひとの指がわたしの手首を軽く摘んだ。振り返るがどのひとかもう分からない。しばらくしてから、友人たちにそのことを言うと、それは痴漢だ、いや掏摸だ、とかまびすしい。わたしが触…

【140字小説】#0028

買ってきた古本をパラパラ読みしていたら、本のおしまいのほうに写真が何枚か挟み込まれていた。一昔前の格好をした若者たちが写った写真。場所はライブハウスのよう。途中で写真をめくる手が止まる。画鋲か何か、先の尖ったもので男の顔がぶつぶつに塗り潰…

【140字小説】#0027

「ふたりでそれぞれ千円の飯を食ったとするじゃない。な?そうすると、お会計はふたりで税込み二一六〇円になるだろ。ここまではいいか?そのときにさ、そいつは千円しか出さないわけよ。まあ、いいぜ一六〇円くらい。でも、そういう奴と飯食うと、本当にイ…

【140字小説】#0026

ホテルの薄暗い廊下にパンツ一枚の男が徘徊していた。ひとつずつ部屋のドアノブを開かないか確かめている。「キメてるんですかね」バイトが言う。「何かあったらすぐ警察を呼べよ」俺は意を決し男に声をかける。「ジュース買おうと思って外に出たら、部屋が…

【140字小説】#0025

遮断機が降りた。間に合わなかった。警報が金属の音を轟かす。向こうの遮断機にかつて知った顔がある。いじめに耐えかね、夏休みの校舎から飛翔した少女の影。馬鹿な、と思って凝視する。アスファルトから立ち昇る蒸気が彼女の姿を歪める。両者の間を瓦解の…

【140字小説】#0024

わたしたちは草原にレースの縁飾りがついた白いサテン地の卓布を広げた。夜空の靄、それは天の河だった。その大河から零れた流れ星が、長い尾を曳き、落ちてくる。白い卓布をたふたふと波打たせ、星がしずくを散らす。わたしたちが拾おうと近くへ寄ると、白…

【140字小説】#0023

少年が急く気持ち抑えつつプレゼントを開けると、中からはズボンが出てきた。苦笑いを浮かべ、次のプレゼントを箱から取り出す。それはサッカーボールだった。すっかり笑みが引いた顔で最後のプレゼントを確認すると、そこには真新しい自転車があった。少年…

【140字小説】#0022

摩天楼頂上近くのフロアーに国籍もとりどりな人々が蝟集する。足元に広がる硝子の床を通して、碁盤目に広がる地上の街のさまが見える。街路に渦巻く大波は、ここかしこのビルに突き当たっては白い波頭を散らす。瀑布が重力に逆らい天に戻ろうとするかのよう…

【140字小説】#0021

ひとけのない遊園地。天蓋を覆う満月は、雲の影を地上に描く。ミラーハウスは無限の肖像を映しだし、コーヒーカップは空漠の陶酔を注ぐ。沈黙の裂け目から忍び入る笑い声が耳朶に触れる。那辺にコンセントを求めるか。それさえあれば、僕は瞬く間に世界の総…

【140字小説】#0020

(彼とのセックス最高!おまえのことはやっと金づるに仕込んだのに!負い目を与えて、別れるんでなきゃ!損するのは絶対いやよ!この修羅場を乗り切れさえすれば!働きたくないし、今更条件のいい男は振り向かない!金と自由なセックス!こんな結末、わたし…

【140字小説】#0019

茶虎を抱っこしてあやす。擦り寄って来た三毛を見て、お姫さまはご機嫌ですか、と顎の下をくすぐる。彼女は喉を鳴らす。雉虎が茶卓のお菓子を窺うから「こら」と注意して、わたしも微笑む。ぶちが障子の陰からあらわれたとき、まだいるのかと思った。「可愛…