Just Melancholy

140字の小説をほそぼそと流します。本(ナンデモ)を読むことと旅(京都と外国)に出ることと文章を綴ることが大好きです。

【 本 】わたしの隣のディストピア-『すばらしい新世界』

アニメ『PSYCHO-PASS』、今はちょうど新編集版がやっているところで、この秋にはいよいよ第二期がスタート。
一見正しいものが偽善だったり、間違っているとされていることに真実の片鱗が垣間見えたり、とても重厚なドラマが展開され、私は大好きです。
ヒロインの常守朱ちゃんと悪のヒーロー・槙島聖護も、とどのつまりは同じタイプの人間の裏表で、観れば観るほど考えさせられてしまいます。
ちなみになんですが、第二期は、そんなアカネちゃん自身がラスボス的な存在になるんじゃないかと勝手に想像しているのですが。
どんなストレスにも色相が濁らないってことは、猟奇的なことにも手を染められるってことでしょ???
狡噛慎也 vs 常守朱とか、すごい対決の絵になりそう‥‥‥。

さて、あの作品で描かれているような、管理が隅々まで行き届いた社会をSF小説などではディストピアと呼びます。
一見、あらゆるものが秩序に従って整然と、健康的に動いているように見えます。
でも、それは超管理システムが上からギュウギュウ抑えつけているだけの話で、結果としてそこには人間の自由意志が奪われている。
そんな社会をディストピア、あるいはユートピアを理想郷と呼ぶことから、地獄郷とも称します。

ディストピアを描いた小説には、古くは前々世紀の『タイムマシン』から日本の『バトル・ロワイアル』まで、数多くのものが存在します。
そのなかで今日ご紹介するのは、オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』。

カフカジョージ・オーウェルレイ・ブラッドベリスティーブン・キングなどなど、あまたの大物作家を引きつけてきたディストピアがあらわす超管理社会って具体的にはどんなものを指すのでしょう。
ウィキペディアにある特徴をわたしなりにまとめますと、

・管理社会に反抗するやつは容赦なく殺す、いわゆる粛清。
表現の自由はなし。検閲を通過したものしか発行できません。
・極度の格差社会。王様と奴隷くらいかな。
・優良遺伝子の管理と産児制限優生学選民思想ですな。

 

うーん、どれも新聞や歴史の本などで一度や二度はお目にかかったものばかりのような気がしますね。
スターリンナチスや某隣国や‥‥‥。
こうしてみるとディストピアは、決してSF世界の絵空事ではなく、この地上の現実であることが分かります。

『すばらしい新世界』では、作品の冒頭、学生の社会見学という体裁をとって、未来世界における「子供の作り方」が事細かに説明されます。
というのも、この世界では、人間の子供が生殖活動、つまり男と女のセックスを通じて作られるのではないからです。
わたしたちの身の回りにある工業製品のように、ベルトコンベア式にロールアウトされています。
だから、見学も可能なわけです。
映画『マトリックス』を鑑賞したかたは「ああ、あれか」とすぐにお分かりいただけるかも知れません。
しかも、セックスはただただ快楽の目的しかもっていませんし、「父親」とか「母親」という言葉は社会的なタブーワードになっています。
現代で喩えるなら、満員の山手線のなかで「セックスしてえ!」とか声を大にして言ってるようなもの。
まあ、セクハラなんて言葉も軽やかに飛び越えてしまう卑猥さなのでしょうね。

そんな狂っているんだか、今のわたしたちが突き進みつつあるんだかわからない超管理社会のロンドンに、アメリカの居留地から「父親」と「母親」から生まれたジョンという男性が連れて来られます。
ジョンは「野蛮人」としてロンドン市民に大層もてはやされますが、彼の目に映る「新世界」は何かがおかしい。
そこで物語の終盤部において、西ヨーロッパを統括する統制官ムスタファ・モンドとジョンとの管理社会についての対話、ある意味対決がなされます。
しかし、そんなことでびくともするようなディストピアではありません。

そもそもどれだけ異常な社会であったとしても、そこに暮らしている人間にはその異常さの本質がなかなか見えてくるものではありません。
目先の改善はガス抜き程度に出来たとしても、抜本的なストラクチャーにまではとても手が入れられない。
それでも、そうした社会から逸脱、脱出、逃走しようと思ったら、わたしたちにはどんな選択肢が残されているでしょうか。
物語は、そのひとつを提示し、幕を閉じます。

管理社会の理念や思想を登場人物たちに語らせるシーンには、作品が今から八十年以上も前に書かれたとは思えない先見性があります。
最近は日本でも、特定秘密保護法案やら集団的自衛権やらで民意が無視されたと大騒ぎになりました。
こうした作品と今わたしたちが暮らす社会を対照させてみて「本当の管理社会って何?どのようにしてそこへ向かうの?」と考えてみることは、今の時代だからこそひときわ大事なことでしょう。

オススメです♪

トミー・リー・ジョーンズ出演のCMに使われているキャッチコピー「このろくでもない、すばらしき世界」はこの小説のタイトルが念頭にあるのでは???

 

すばらしい新世界 (光文社古典新訳文庫)

すばらしい新世界 (光文社古典新訳文庫)