Just Melancholy

140字の小説をほそぼそと流します。本(ナンデモ)を読むことと旅(京都と外国)に出ることと文章を綴ることが大好きです。

【 本 】ジブリの裏監督、鈴木敏夫-『映画道楽』

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どれほどの天才であっても、ひとりでは種々不都合があります。
才能が申し分なく活躍できる場を与えるために、それ以外の雑事を一手に引き受けてくれるひとたち。

それが女房役。

ホンダの創業者・本田宗一郎さんを財務や営業で支えた藤沢武夫さん。
小泉純一郎元総理を支え、自民党に大圧勝をもたらした細田博之官房長官
漫画家の水木しげるさんを名実ともに女房として支えた武良布枝さん。

そうした天才のひとりであり、今や「世界の」という形容詞がふさわしい宮崎駿監督にも陰日向で支えてくれる女房役がいました。

鈴木敏夫さん。
長年、宮崎監督のもとでプロデューサーを務められ、今はスタジオジブリの社長さんになっています。
今日はそんな彼の『映画道楽』をご紹介。

まずは目次です。

 

目次

第一部 映画体験
 第一章 片岡千恵蔵のファンでした。
 第二章 映画のヒロインについて。
 第三章 映画を観る前に思うこと、観た後に学ぶこと。

第二部 映画製作編
 第一章 プロデューサー事始め。
 第二章 プロデューサー高畑勲から学んだこと。
 第三章 作品を守るためのタイアップとは何か?
 第四章 難産だった『となりのトトロ』と『火垂るの墓』。
第三部 映画宣伝編
 第一章 タイトルは映画の重要なコピーです。
 第二章 映画の宣伝は三位一体で作られる。
 第三章 予告編では一つのことだけを伝えたい。
第四部 映画企画編
 第一章 肉体を失った現代の映画について考える。
 第二章 現代に合った映画の主人公をどう作るか?
 第三章 内面ではなく、外面で勝負する主人公が必要。
 第四章 漫画映画とアニメーション映画。

  

アニメへ飛び込む

無類の映画好きであるうえ、ついには雑誌編集者からアニメ映画のプロデューサーへと転身した鈴木さん。
最初の頃こそ徳間書店スタジオジブリを橋渡しをしていましたが、『魔女の宅急便』あたりからジブリへ正式に入社します。

そんな鈴木さんによると、そもそもプロデューサーには、ふたつのタイプがいるとか。

 

一つはお金を出して企画を立てて商品に仕上げる、プロモートというかコーディネートするプロデューサー。もう一つは、作る側の人間を主体にして作品をしあげていくプロデューサー。

 

鈴木さんやのちほど登場する高畑勲さんは、もちろん後者の作家をバックアップしていくタイプのプロデューサー。
ちなみに、AKB48秋元康さんなどは前者型のプロデューサーといえるんでしょうね。

もともと鈴木さんは徳間書店で『週刊アサヒ芸能』という大人向けの雑誌を担当していて、アニメにはまるで関心がなかったようです。

ところが、『アニメージュ』の創刊メンバーに参加してみて、アニメが、子供向けのメディアを隠れ蓑にしながら、大人の雑誌以上に自由な発言ができることに気付きました。

現代であれば「大人の鑑賞に耐える」なんてコピーが常套句のように用いられるアニメ。
しかし、1970年代のアニメを前にしてその可能性と本質を見抜くなど、さすが編集者の先見性です。

 

ナウシカ起つ

当初、アニメーション製作に携わるひとたちに取材を行っていた鈴木さんですが、すぐに自分たちでアニメを作って、それを雑誌で紹介していったほうが楽だと考えます。

ブームを追いかけるのではなく、自分たちでブームを作ってしまえということでしょう。
このような逆転の発想をさり気なくできてしまうことがイノベーターの資質だとわたしなどは考えているのですが、これは一雑誌編集者の発想ではありませんね。
根っからの映画好きだからこそ出てくる発想でしょう。

そこへ加えて、徳間康快社長という太っ腹な存在。
「企画のある奴は俺のところに持って来い」と普段から社員たちに言っていたそうで、鈴木さんは宮崎さんと共にアニメ映画の企画を社長のもとへ持ち込みました。

しかし、この企画、企画会議に参加した映画会社のひとに「映画は原作のないものを作って当てるような、そんな簡単なものじゃない」と一蹴されてしまいます。

頭にきた鈴木さんは、そのことを宮崎さんに報告しますが、宮崎さんはここで日本映画史を大きく塗り替えることになる一言を言い放ちます。

「じゃあ、原作を描いちゃいましょうか?」

漫画版『風の谷のナウシカ』誕生の瞬間です。

やっぱり、こういう逆転の発想をできるひとが強いんです!
しかも、そのときに決して楽な道でなく、どちらかといえば労力も時間もかかる茨の道へといともたやすく飛び込んでいく。
この姿勢は、若いわたしたちも見習わなければいけないところです。

こうして原作の算段がつき、もう一度社内会議に諮ったところ、今度はバックに博報堂がつくことになり、いよいよ映画『風の谷のナウシカ』が始動します。

このときに宮崎さんから決して譲れない条件がひとつ持ち出されます。
それは「高畑さんをプロデューサーにしてほしい」ということ。
ここでもうひとりの重要人物、高畑勲さんの登場です。

宮崎さんと高畑さんは、1968年に公開された『太陽の王子ホルスの大冒険』からの付き合い。
以後、誰もが知っている『アルプスの少女ハイジ』『母をたずねて三千里』『赤毛のアン』といった数々の作品をともに手掛けてきたあいだがら。

あるとき、鈴木さんはその高畑さんに尋ねたそうです。

 

「プロデューサーで一番大事なことは何ですかね?」
「それは簡単です。監督の味方になることです」 

 

なるほど!

これは一度でも何かの責任者を務めたことがあるひとなら、実感として分かるのではないでしょうか。
監督やリーダーなどの立場にあるひとは、どれほど自信満々で、不動の信念を持っているように見えても、内心は「本当にこれでいいのか?これで大丈夫なのか?」という不安に苛まれるのを常とします。

十人中九人までが反対するような限界の場面においても、ただひとり「大丈夫だ」と言ってくれる存在。
しかも、それは口からのでまかせではなく、冷静に分析した末のコメント、あるいは必ず大丈夫にしてみせるという、責任者以上の不動の信念。
こういうひとには、お金を出してでも自分のそばにいてもらいたい。

これらの価値観や信念を高畑さんの内に見ていたから、宮崎さんは彼を「プロデューサーにしてほしい」と要請したのでしょう。

大丈夫にしてみせるということでは、こんなエピソードが有ります。

当初『風の谷のナウシカ』のエンディングは、暴走する王蟲の大群の前にナウシカが降り立ち、そこで群れが止まる→エンディングだったそうです。

そのコンテ画を見た高畑さんと鈴木さんは「こんな終わり方はあり得ないですね」と、要するにつまらないとダメ出し。
そこでふたりでいろいろ案出しした末に、一度死んだナウシカ王蟲のちからによって甦るという、みなさんご存知の感動的な結末が誕生したのです。

監督だった宮崎さんはかなり抵抗したようですが、最後はふたりの案の前に折れ、結果として作品は大成功を収めたわけです。

 

そして、ラピュタ

監督の価値観や美意識が先行し過ぎて、いまいち作品に面白みが欠けるときに冷静な視点を提供して、バランスの良い状態に引き戻す。
こんな役割もプロデューサーにはあるのですね。

高畑さんは映画に娯楽性を重視するかた。
自身が監督を務めた『おもひでぽろぽろ』のとき、鈴木さんの「(女性が)旅に出たら男でしょう」という意見も、娯楽性重視の視点から採用になったそうです。
結果、その男性キャラが「トシオ」という名前になったのは、まさに裏話。

興行的に大成功した『風の谷のナウシカ』でしたが、宮崎さんは「二度と映画は作りたくない」と言っていたようです。
というのも、監督である以上、作品のクオリティを上げるためにはスタッフたちにひどいことも言わねばならず、結果、友達を失ってしまったからです。

わたしたちは軽々しく作品を面白い、つまらないと評価します(あ、もちろん、それで構わないのですが)。
ですが、こうした明かすに明かせない事情がどんな作品にもあるはずで、それを知ればちょっぴりだけ作品に対する印象も変わるかもしれませんね。

さて、そのように思い悩んでいた宮崎さんが、なぜ『天空の城ラピュタ』を作ろうと踏ん切りをつけたかといえば。
ドキュメンタリー映画を撮るための資金がショートしかかったので、そのお金を稼ぐため‥‥‥これまたすごい理由です。

いやあ、オトナの世界には複雑な事情がひそみ隠れているものです。
ただ、わたし自身はどんなモノも綺麗事で作れるほど甘くはないと考えているので、決して批判的な意見は持っていません。

しかも、『ラピュタ』にはまだ面白い話があります。
もともと『ラピュタ』という物語は、宮崎さんの構想では「敵役ムスカの野望と挫折を描く」ものだったらしいのです。
しかし、ここでまた、高畑&鈴木のツッコミが入り、あの路線にぐっと引き戻されたそうです。

ご本人たちは侃々諤々だったのでしょうが、ファンの立場からすれば、知れば知るほど笑いを禁じえません。
ムスカの野望と挫折って‥‥‥考えるだに恐ろしすぎて‥‥‥むしろ、観てみたいかも。

宮崎さんがすごいのはともかく、わたしたちがジブリ作品に感動できる影には、女房役たちの暗躍(?)があったわけですね。
しかもひとりではなくふたりも。
これは重婚です。

本の中身は、これ以降も、

新潮社と組んで『火垂るの墓』を世に送り出す経緯。
徳間書店の専務に「『となりのトトロ』がオバケで、もう一本が墓か!」と怒られた話‥‥‥気持ちはよく分かります。
作画監督近藤喜文さん(『耳をすませば』の監督)を『トトロ』宮崎さんと『火垂る』高畑さんのどちらが獲得するかで争った話。

などなど、数々のジブリの舞台裏を明かしていきます。

以上、第二部を中心に書いてまいりましたが、第一部では、鈴木さん自身の映画への思い入れや鑑賞の仕方。
第三部では、公開前の作品をいかに盛り上げるかの手法。
第四部では、アニメーション映画の未来展望とその考察が綴られています。

先月より『思い出のマーニー』も公開されました。
これを機に、みなさんも名プロデューサーの目を通してスタジオジブリを覗いてみてはいかがでしょうか。


オススメです♪

 

『マーニー』を観てきましたが、ヤバイくらいボロ泣きで、周りのひとに「こいつ大丈夫か?」と思われたかも。

 

映画道楽 (角川文庫)

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