Just Melancholy

140字の小説をほそぼそと流します。本(ナンデモ)を読むことと旅(京都と外国)に出ることと文章を綴ることが大好きです。

【雑 文】こんなかたちのディストピアはいかが5冊+1

バックマン・ブックス〈4〉死のロングウォーク (扶桑社ミステリー)

 

衣食住に満ち足り、無用な争いやストレスもなく、ひとりひとりがその人格を尊重され、尊厳をもって一生を終える。古来、ひとはそうした申し分なき世界をユートピア、理想郷と呼んできました。ですが、その陰に大勢のひとの犠牲が隠蔽されているのだとしたらどうでしょうか。ユートピアの顔をした偽りの煉獄、それをディストピアと呼びます。


平和を脅かしそうなひとは前もって排除、抹殺。風紀を乱しそうな本や映像はひとの目に触れる前に廃棄……というか、そもそもの作者を処刑。愚かな人間には去勢を施し、愚かな人間の子孫が誕生することを前もって防ぐ。
無茶苦茶なようですが、歴史の本をひもとくとこうした事例は結構随所に散見されます。ひとにとっての望ましい社会が、その皮を一枚引剥がすとトンデモないシステムのもとに成り立っている。ディストピアの言葉を最初に使ったのは、ジョン・スチュアート・ミルという社会思想家でした。


しかし、歴史の本どころか、わたしたちが暮らす現代にもこうしたことは起きています。
「指導者」に絶対服従を誓うことで幸せになれるとする近隣国家。GPS付き携帯電話を持たされ、営業ルートから休憩時間までを刻々と把握される、営業マンや保険の外交員。丸刈りどころかスカートの丈をミリ単位で測り、ソックスの刺繍は二足のうち一足だけとする中学校(そんなソックスあるの?)。
何となくこんなものだろうと思っているうちにわたしたちが飼い慣らされてしまうもの、それがディストピアなのです。


わたしたちが均衡と調和の取れた社会を求めるとき、では、そこから取り除かれる混沌や異物はどこへ消え去るのでしょうか。その存在に目を閉ざしてはいないでしょうか。
「理想郷だと思った?残念、さやかちゃ……ではなくて、地獄郷でした」
ユートピアとディストピは紙一重というよりも表裏一体をなすものなのです。

 

今日はそんな悪夢の社会、ディストピアを描いた6作品ご紹介します♪

 

死のロングウォークスティーヴン・キング

1979年に発表された作品。これは古いです。キングがこんな時代から執筆していたことにも改めて驚かされます。
百人の少年たちが最後のひとりになるまで延々歩き続ける。それだけの物語です。じゃあ、残りの九十九人はどうなるのかというと、歩行困難になった時点で競技を監視している軍隊によって射殺。しかも、このようすはテレビで放映され、国民の娯楽になっている模様。のっけから意味が分かりませんね。しかし、国家が国民を蹂躙するとは、訳の分からないことがさも当然のように起こることなのです。

バックマン・ブックス〈4〉死のロングウォーク (扶桑社ミステリー)

バックマン・ブックス〈4〉死のロングウォーク (扶桑社ミステリー)

 

 

バトル・ロワイアル高見広春

死のロングウォーク』で生き残るために競争していた少年たちが、もしお互いに牙を剥いたとしたらという設定に置き換えたのがこの『バトル・ロワイアル』です。
マンガにまでなった作品ですから内容説明は端折りますが、発表当時は日本ホラー小説大賞の選考委員に糞味噌にけなされたり、国会で取り沙汰されたりと、社会現象にまでなりました。高見氏にはこれ以降の作品がありませんが、これ一作で小説の世界に名前を残しましたね。

バトル・ロワイアル 上  幻冬舎文庫 た 18-1

バトル・ロワイアル 上 幻冬舎文庫 た 18-1

 

 

『すばらしい世界』オルダス・ハクスリー

イエス・キリストの代わりに自動車王フォードが神の座についているというだけでもちょっとグロテスク。年号はフォード紀元が採用されています。
ひとがいやなことを忘れられるようにフリーセックスとソーマという麻薬による快楽が奨励されます。ひとはアルファ、ベータといった階級で区分され、就ける職業に制限を受けます。しかも、下層階級にいくほど育つ段階で知能や身体能力が劣るようにさまざまな手段が施される。こうすることで世界はその安定と秩序を手に入れられるのです。人工培養される赤ん坊たちの描写は映画『マトリックス』でネオ覚醒のシーンを観たひとならピンとくるでしょう。

すばらしい新世界 (光文社古典新訳文庫)

すばらしい新世界 (光文社古典新訳文庫)

 

 

『侍女の物語』マーガレット・アトウッド

断片的にしか背景世界が描かれてはいないのですが、戦争を経て、公害と放射能によって汚染された未来のアメリカが舞台です。
女性の多くが妊娠できなくなってしまったことから、出産能力をもつ女性は国家の共有財産として扱われます。そして支配者層にある夫婦たちのために子供を産むのです。もし何回かの受精に失敗すると、手のひらを返したように汚染区域である「コロニー」へ追放されます。女性にとってこれ以下はないというような悪夢ですが、これを執筆したのがまた女性であることに驚きを禁じえません。

侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)

侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)

 

 

銀河鉄道999松本零士

機械の体をもらうために、母の面影を宿すメーテルと旅を続ける星野鉄郎。ところが、その終着駅がある惑星プロメシュームは、人間の体からネジや建材を作って、それで星の構造を維持しています。まあ、機械の体をくれるという看板に偽りがないっちゃあ、ないのですが、釈然としませんね。この釈然としないのが、ディストピアであることの何よりの証拠。プロメシュームの娘であるメーテルの反乱は、それまで犠牲になった若者たちへの弔いなのでした。日本のマンガにおける最高傑作のひとつだと思います。

銀河鉄道999 1 出発のバラード (GAMANGA BOOKS)

銀河鉄道999 1 出発のバラード (GAMANGA BOOKS)

 

 

アニメ『PSYCHO-PASS

年頭に劇場版がやっていたので観たことはなくても知っているかたは多いでしょうか。
ひとのこころが「シビュラシステム」というコンピューターシステムによって数値化され、潜在犯として認定されたひとは問答無用で矯正施設送り。それだけでなく、職業や結婚相手すらも「シビュラシステム」の御託宣のもとに決定される世界。これぞまさしく見えない牢獄。自由を享受しているようで、すべてはお釈迦さまの掌のうえという孫悟空と同じです。ちなみにシビュラとはギリシア世界でいうところの巫女さんのことです。ひとに成り代わって未来を掌握しているわけです。