Just Melancholy

140字の小説をほそぼそと流します。本(ナンデモ)を読むことと旅(京都と外国)に出ることと文章を綴ることが大好きです。

【 本 】怖すぎ!京都の連続殺人事件を予言していた?-『後妻業』黒川博行

後妻業

──殺したひとの数が多すぎて、犯人自身もよく覚えていない。

関西全域にわたって起きた内縁の妻による連続殺人事件。
警察も裏付け捜査に難航しているようで、まるでコントかたちの悪い冗談です。

 

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資産をもつ独身男性に近づき、その後殺害。
彼のもつ資産をまんまと横領、着服するというこの手口。

事件が発覚する三ヶ月前にこのことを小説として発表している作家がいました。
黒川博行さん、『後妻業』です。

後妻業とは耳慣れない言葉ですね。
小説に登場する弁護士の言葉でご説明しましょう。

「後妻業やね」
 守屋はいった。「最近、事例が増えてきた」
「ゴサイギョウ?」と、朋美。
「資産を持ってる老人を狙うて後妻に入る。その老人が死んだら遺産を相続できるやろ」

その際に、手続きというか、段取りがあるそうです。
それには三つあるそうで……

 守屋はひとつ間をおいて、「後妻業の必須三条件はご存じですか」
「いえ……」尚子は首を振る。
「住民票、家具持ち込み、顔出し、この三つです」

結婚の既成事実をつくり、狙った獲物、つまり男性の外堀を埋めていきます。
そうすることでひとたび男性が亡くなったときに遺産分与の正当性を主張する。
その際に、公正証書による遺言書を作らせておくと、弁護士にすら分与の無効はできないそうです。

実際に起きた事件とその数カ月前に発表された小説のあまりの符号に、作者の黒川さんは事件の事実を知っていたんじゃないかとすら疑われました。
本当に偶然だったようですが、こうした時代を先読みする感性こそが小説家の武器なんでしょうね。

本作では、老人の遺族、ワル共、そしてそのワルの上前をかすめようとする興信所調査員が三つ巴になって話が進みます。
興信所調査員には現役の警察官も協力するなど、人間の泥沼模様が演じられます。

この聞くだに気持ちが重くなってくる小説。
それがテンポよく読めてしまうのは、登場人物たちの掛け合いのうまさによるところが大きい。
黒川さんは、ドラマの脚本でも書いていたんじゃないかと思うくらいに上手い。
「役者」が目のまえに浮かんできます。

たとえば、ワル共の会話ですが、

「あいつ、スケベやねん。勃ちもせんくせにちんちん触ったったら、えらい興奮して、わたしのパンツを脱がそうとする。せやから、一回、一万円であそこを見せたるんや」
「あんた、金とって見せてたんか……」
「あたりまえやんか。女の一番大事なとこをタダで拝もうなんて甘いわ」
「ええ根性やの」

 

「捨てる神あれば拾う神ありや。人間、どこにチャンスがころがってるか分からん」
「それはなんや、中瀬の爺さんのことかいな」
「そういう瑣末なことはいうてへん。人生について述懐したまでや」
「なによ、ジュッカイて」
「知らんのかい。ひとが守らんといかん十の戒めや。不殺生、不偸盗、不淫、不飲酒……、あとは忘れた」
「あんた悪い宗教にでもはまってんのか」
「おれのアイデンティティーや。悪党の哲学」
「ひとを騙すのはジュッカイにないんかいな」
「爺を騙すのは功徳や。たとえ一月や二月でも夢を見られるんやからな」
「夢を見るのは金が要るで」
「あんたみたいな女に毟りとられるんや」
「いわんといて。ひとを悪者みたいに」小夜子は鼻で笑った。

万事がこんな調子。
大阪弁というのもテンポの良さに磨きをかけてるんでしょうね。

でもワルですから、冷やっとしたこともしれっと言い放ちます。

 ──赤い顔してフーフーいうてる。熱は四十度まであがったんやけど、いまは三十九度。ほんまにしぶといわ。
 ──なんで肺炎になったんや。
 ──水、飲ましたってん、ストローで。そしたら案の定、誤嚥性の肺炎や。
 ──もっと飲ませたれや。熱さましやいうて。

赤裸々に綴られる人間のこころの闇と欲望。
そして、実際の事件を見てきたかのような臨場感をまとった『後妻業』。

基本、お年寄りを相手にした犯罪ですが、若いおねーちゃんにこの手合いがいないとは断言できません(あ、キジマカナエとかいましたもんね)。
男性の方々へ自己防衛のためにご一読をオススメします?! 

 

後妻業

後妻業