Just Melancholy

140字の小説をほそぼそと流します。本(ナンデモ)を読むことと旅(京都と外国)に出ることと文章を綴ることが大好きです。

【 本 】「哲学的意味がありますか?」、妖精がおりなす青春ミステリー-『さよなら妖精』

さよなら妖精 (創元推理文庫)

 

バルカン半島の代名詞といえば「ヨーロッパの火薬庫」。

なぜ「火薬庫」なのかをきちんと説明するには『坂の上の雲』全8巻分くらいのボリュームが必要。兎にも角にも、めちゃくちゃ複雑なのです。

荒っぽく要約するなら、民族と宗教と国境が入り乱れている国々を周辺大国の都合で引っ掻き回したからといえるでしょう。

で、今日、ご紹介したいのは歴史の本ではありません。
そんなヨーロッパの火薬庫からやってきた少女が印象的なミステリー。
しかも、青春ミステリー。

米澤穂信さんの『さよなら妖精』です。

 

雨が降る下校途中、主人公は雨宿りをするひとりの少女に出会います。
「深い青のジャケット、桃色のパンツ、暖色系のストライプのシャツに、赤いニットキャップ」というおよそ日本人らしくないファッションに身を包む少女。 

彼女はユーゴスラビア人で、名前をマーヤといいました。 

マーヤは、ホームステイ先としてあてにしていた知人が亡くなっていることを知り、途方に暮れていたのでした。
主人公の守屋は彼女に同級生の自宅が営む旅館を紹介します。ただし、マーヤもそれほどお金がないので住み込みです。
守屋のささいな親切心。このことが忘れたくても忘れられない彼女との思い出の始まりでした。

 

守屋や彼の友人たちとともに弓道を見学したり神社を訪れたりして日本文化を学ぶマーヤ。発見があるつどそのことについて思索をめぐらし、ときに彼らの眼を覗き込みながら質問します。

「哲学的意味がありますか?」

ちょっと大袈裟に聞こえるこの言葉は彼女のチャームポイントです。しかし、物語を読み終え、「哲学」という言葉に秘められた彼女の思いを知ったとき、わたしたちは胸が締めつけられるでしょう。

大人と少女が混じったマーヤの不思議な魅力と青春の苦さ。
本格推理とは違った味わいを得られる「ボーイ・ミーツ・ガール」ミステリーです。

 

ユーゴスラビアはほぼバルカン半島と重なります。
つまり、ユーゴスラビアが「ヨーロッパの火薬庫」そのものなのです。
今はもう存在しません。民族的にも、宗教的にもばらばらだった6つの国がそれぞれに独立を果たし、国家的に解体したからです。

d.hatena.ne.jp

この物語はユーゴが解体の混乱を迎えつつある時期を背景にしています。
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争やコソボ紛争という言葉を知っているひとも多いでしょうが、それらが起きたのはこの物語の少しあとです。 

ちょっと余談になりますが、ユーゴスラビアにはチトーという終身大統領がいました。彼は錯綜する民族意識のバランスを取り、国をひとつにまとめていましたが、彼の死とともにユーゴの解体が加速します。チトーの歴史評価は毀誉褒貶がありますが、果たして同じ真似がほかの政治家にできたかどうか。

 

マーヤが日本に滞在したのは3ヶ月に過ぎません。
不穏なユーゴスラビアへ帰国する日は刻一刻と近づいてきます。
彼女はなぜそこまで積極的に海外の文化を学ぶのでしょうか。
そして「さよなら妖精」というタイトルのもつ意味とは。
この物語はあなたにユーゴスラビアへの興味をかきたてることでしょう。

 

ところで、守屋の友人のひとりに大刀洗という少女がいます。
実は彼女が今年の夏くらいに新作の主人公となって帰ってきます!
その名も『E85.2(仮)』、こちらも今から楽しみです♪ 
さよなら妖精』は、もともとは「古典部シリーズ」のために考えられたストーリーだそうです。奉太郎とえるちゃんの活躍も待ってまっせ、米澤先生!

 

さよなら妖精 (創元推理文庫)

さよなら妖精 (創元推理文庫)