Just Melancholy

140字の小説をほそぼそと流します。本(ナンデモ)を読むことと旅(京都と外国)に出ることと文章を綴ることが大好きです。

【 本 】ターミネーターのようなヒットマンに痺れる、映画もオススメ-『血と暴力の国』

血と暴力の国 (扶桑社ミステリー)

 

トミー・リー・ジョーンズハビエル・バルデムが共演した『ノーカントリー』という映画がありました。 

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日本語タイトルをつける際の省略のしかたがひどい。
正式名称は『No Country for Old Men』。すなわち「老人たちに国はない」、もう少し意訳していいなら「老いぼれのいる場所はない」とか。『ノーカントリー』だけでは「国はない」にしかなりません。間違っちゃいないが近からず……。

ところが、これが本になるとさらにぶっ飛びます。

その名も『血と暴力の国』。

原題のどこにも「血」も「暴力」もありません。ただ、「老人たち」という言葉から連想される「良識、穏やかさ、話し合い」みたいな言葉をひっくり返したとは言えそうです。内容もそんな感じの話ですしね。

 

ひょんなことから金の詰まったブリーフケースを手に入れた男がいます。持ち主であるギャング組織はもちろん取り戻したい。そこでベトナム帰りのヒットマンにそのことを依頼します。男のほうはといえば、もちろんというか、金を持って逃走。ヒットマンターミネーターのごとく、淡々と彼を追い詰めていきます。このヒットマンの追い込み方にまったく感情がなく、それが読んでいてゾッとするし、緊迫感を高めます。

 

映画だとヒットマンハビエル・バルデムが演じます。冒頭からロードサイドショップの店主を殺害してしまう。その際に用いる道具が通常は牛を殺すもので、スチール製の棒が高速射出され、頭蓋骨を貫通、脳を破壊します。なかなかえぐい。
このあたりのエピソードは本も映画も同じですが、ハビエル・バルデムのふてぶてしいというか、何かを超越してしまったかのような目つきの分だけ映像のほうが説得力があるでしょうか。

 

作者はコーマック・マッカーシー。作品の多いひとではなく、本作や『ブラッド・メリディアン』、『ザー・ロード』、『チャイルド・オブ・ゴッド』などはいずれも「暴力」が作品の主旋律になっています。

文学系の作品においては、ノーベル文学賞の有力候補にも目される作家なので、内容は折り紙つき。でも、マッカーシーよりさきにピンチョンのほうが取れそうな気はしていますが。

 

そんな『血と暴力の国』に次のような一文があります。

真実ってやつはいつだって単純なんだろうと思う。絶対にそうに違いない。子供にもわかるほど単純でなくちゃならないんだ。子供の時分に覚えないと手遅れだからね。理屈で考えるようになると遅すぎるんだ。

ものごとを複雑に考えてしまうとき。あるいはものごとを複雑に見せようと企んでいるひとに乗せられそうなとき。わたしはこの言葉を思い出すようにしています。

おもてにあらわれた現象は、とても複雑怪奇に見える。でも、それはひとびとの欲望が交錯し、そのように見せているだけです。セーターはどれだけ複雑なパターンで編みあげられていても、ほぐせば一本の毛糸に戻ります。
世間の出来事にも多分にそんなところがあるようにわたしは思います。

ただ、ときほぐすべき毛糸をペンキに漬け込み固めてしまうような、あまりに単純化が過ぎるのも問題ですけどね。

 

もうひとつ『血と暴力の国』から好きな一節を。
トラックに乗って出かけた夫が歩いて戻ってきます。
それに妻が問いかけ、夫が答える。

「トラックはどうしたのよ?
──形あるものはみな滅ぶ」

いいなあ、このやりとり。

 

ザ・ロード』も映画化(ヴィゴ・モーテンセン主演)されていますが、コーマック・マッカーシーの名前自体はまだまだ日本人には馴染みがありません。作家も作品も一流ですので、先読みしておいていつか日本でメジャーになる日を待つとか?

 

血と暴力の国 (扶桑社ミステリー)

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ブラッド・メリディアン

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ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)

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チャイルド・オブ・ゴッド

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