【 本 】上司から部下までひとの使い方を将棋で指南、駒使いが人生を制する-『勝負』
今週のお題「最近おもしろかった本」
昭和の時代に活躍した将棋の名人、升田幸三さん。
- 対戦した名人相手に「名人など所詮はゴミだ」と言ったら、相手がカチンときて「じゃあ、君は一体なんだ」と。すると「ゴミにたかるハエだな」と交わすユーモア。
- 大のヘビースモーカーで、その本数たるや一日200本。
証拠写真(右下に注目)
- 幼少のおり、いたずらをしてお祖父さんに酒樽で血が出るほど頭を殴られる折檻を受ける。以後何年ものあいだ白痴になってしまう。しかし、あるとき自転車で崖から転がり落ちたら、元に戻った。
とにかく、エピソードと人柄が豪快すぎて、今の時代に似たひとがパッと思いつきません。その升田名人の『勝負』という本のあとがきにこんなことが書いてあります。
人生は、将棋に似ている。
どちらも “読み” の深いひとが勝機をつかむ。
“駒使い” のうまいひとほど、機縁を活かして大成する。
相手がどういう出方をするのか、それにどう手を打っていくのか。
恋愛の話から仕事の話、家族内の話しからPTAの話まで。ひとの一生はまさに局面を読み、見えた機縁(チャンス)を掴んでいくことの繰り返しといえるでしょう。
この言葉は深い。
将棋には、歩、香車、桂馬……と全部で8種類の駒があります。
升田名人はこれらの駒の働きから人生の考察をなさっています。
今日はそちらをざっくりとですが、解説しちゃいます!
- 歩
名人は「歩は人間社会ではヒラだが、未熟な人間ほど歩を粗末に扱う」と言います。これ、将棋を覚えたてのひとがよく言われるのですが、「なぜ歩ごときが大事?」とわたしのようなトーシロは釈然としなかったりします。
歩の使い方には、四つのケースがあります。
一)敵陣に入って成らせる、つまり個性を活かすやり方。
ニ)成らせない。これは相手を追い詰めるときに逃げ道を与えるやり方。
三)犠牲打に使う。局面が膠着したときに、打開策として一肌脱いでもらう。
四)肌として見る。これちょっと分かりにくいですが、たとえば、クレームが最初に起きるのは平社員のところです。社長にまであがったときは大体こじれにこじれて大問題になっています。つまり、事態に変化があったときのアンテナとして「歩」をよく観察しなさいということです。
ところが、ヒラほど鈍感だったり、上司がわざわざ鈍感になるように仕向けたりするから困ったもんだと名人は言います。 - 香車
香車は一番端っこで、しかも前にしか進めません。ところが、将棋が上手いひとほど、端っこから戦端を開くそうです。そのことについて名人は、
ぼくはホントの戦争なんぞ見てても、そういう気がしますね。将棋のように、事の起こりは、なんでも端のほうから起きてくるんで、真ん中からいきなりバシンというのは珍しい。
ところが、融通がきくひとを端っこに配置すると勝手に戦端を開き、あとあと中央が大騒ぎになります。地方の支店というと多分に懲罰的な意味合いがありますが、そういうところほど実直で真面目な人間を送り込まないと、目の届かない場所で何をしでかすか分からないわけです。組織でも端にある社員ほど大事にしなさいということでもありますね。
- 桂馬
相手の頭を飛び越して動けるのは桂馬だけ。飛車角はもちろんのこと、王にだってこの芸当はできません。その華麗さが周囲の目を惹きつけ、評価も高かったりします。が!「歩に取られるバカ桂馬」という言葉があるように、攻撃一辺倒で守りにはからっきし向いていない。命知らず的には動くけど事態の収集はできないので、そう思って使わないとダメなんですね。名人曰く、文化系統、新聞人、医者なんかにこのタイプは多いそうです。 - 銀、金
銀は会社で言えば課長か次長あたり。前へ進んでもうしろへさがるのに二方向あるので、外出させても必ず帰社して報告をするという律義者。だから、上司としては非常に信頼できるし、使い勝手がいい。そこへいくと金は部長にあたるわけですが、うしろへさがる方向はひとつしかない。外出したら最後帰ってこない。よく考えたら、金は横にも動けますもんね。そりゃ、戻って来ない来ない(笑)こういうタイプは決して前線に出してはいけません。
また、銀は斜めに出て斜めに戻るのが得意なので、真っ向から相手にぶつけるような戦い方をさせないこと。あとに引けなくなります。逆に金は斜めに進ませると、元の場所へ戻るのに二手必要になりますから、こちらを切込みとして用いてもいけないそうです。
金は二枚並べて使うと、金と銀を並べるときよりも重複箇所が増えてしまい、使い勝手が悪いそう。部長並みの権限をもつ二人を一緒に使うとかえって組織は混乱する、とこれも升田名人の言葉。なるほどですね! - 角、飛、王
成っていない最初の角を「なま角」と名人は言っていますが、そのなま角は自陣にいても歩ひとつで頓死してしまうので、成らせて使うに限ります。成り角は自陣にいても容易に取られないうえに、隙間を突いて敵陣を急襲できるので自陣に引いて使うのがベスト。会社でなら、専務のような立場のひと。
そこへいくと飛車は敵ににらみをきかせていたかと思うと、真っ向から敵を粉砕するなどその豪快さが身上。ところが、会社などでよくあるのは、こうした飛車タイプを大事にするあまりお守りをつけてしまい、その進路を塞いでしまうことです。側近が目を曇らせてはいけません。
それぞれの駒に長所短所があることがわかりますね。このことは王だって同じです。桂馬のような奇抜な動きもできませんし、香車や飛車のような豪快な突進力があるわけでもありません。王は八方に睨みがきいてこその王。
会社でいうなら、王様は社長ということになりますが、社長がヒラや次長、課長のするような仕事をやらんからいかんというても、これはいうほうが無茶だし、第一、社長がそんなことをやっとるようじゃ、その会社、もうたいして望みはないわ。もっとも、このごろは間口二間の雑貨屋でも株式会社があるからね、全部が全部、そうとはいわんけれども。
この部分はみなさんのご判断にまかせたいと思います。
さて、この『勝負』という本、将棋になぞらえた人生処方箋やご自身のエピソード、大阪で活躍された棋士・坂田三吉さんの思い出話など、最初から最後まで飽きさせることがありません。今年のわたしの一押しかも(早すぎる?)。81マスに描かれる棋譜模様はわたしたちの想像を超えて、ひとの人生模様をあらわしているようです。
本で読むことも少ない世界ですが、将棋好きのひとにも将棋にあまり関心がないひとにもこの一冊はオススメできます!