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Just Melancholy

140字の小説をほそぼそと流します。本(ナンデモ)を読むことと旅(京都と外国)に出ることと文章を綴ることが大好きです。

【雑 文】わたしたちは集団パニックの一歩手前にあるのか

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カルト cult という言葉は、怪しげな宗教組織を意味する以前に差別的なニュアンスを含まない「崇拝、あこがれ」という意味を持ちます。語源は、農業 agriculture や文化 culture と同じで、ラテン語の 耕す colore 。おそらく、神や大地などの対象に働きかけ、効果を引き出そうとする点が共通しているのだと思います。

日本では、1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件をきっかけに、言葉の認知度が一気に高まりました。ステレオタイプで恐縮ですが、ジム・ジョーンズと人民寺院チャールズ・マンソンとファミリー、もう少し前だと、ドイツにおけるアドルフ・ヒトラーナチスなどがその例として挙げられるでしょう。

冷静なときは、そうしたカルトの歴史的残滓を見て、嘲笑するわたしたち。しかし、決してなくなることはなく、むしろ、一定の周期のもとで誕生しているようにすら見受けられる。しかも、嗤っているひとがいつの間にか取り込まれていたりもする。カルト集団には生成するメカニズムが存在します。

f:id:dawnrunner:20150627121118j:plain地下鉄サリン事件

 

集団パニックは、ひとだけでなく、動物にも起こります。例えば、動物の場合、群れの中に混乱が生じたり、敵に襲われストレスが高まったりすると、集団のなかで弱いものがいじめられたり、最悪、殺されることがあります。これは集団が安定を取り戻すための、本能的な行動で、いわゆるガス抜きです。

しかし、ひとの場合、動物と違い、神さまに祈ることでガス抜きを行いました。神さまを「祀る」際に、アルコール、音楽、踊りなどによって集団内のストレスを低下させるのです。それが「お祭り」です。こうしたどんちゃん騒ぎを「オルギア」と呼びます。ちなみに、英語で orgy というと乱交の意味があります。

個人でも社会でもガス抜きのメカニズムを持つことは重要なことです。フランスの哲学者ロジェ・カイヨワは、どんちゃん騒ぎに代表される陶酔感をイリンクスと名付け、人間の社会における重要な機能をになっていることを著作『遊びと人間』で明らかにしました。

ところが、ここにキリスト教が誕生しました。かたっ苦しいキリスト教は、こうしたオルギアをすべて異教の習俗として排除しました。しかし、戦争、疫病、不作などのストレスが社会から消えることはありません。ガス抜きだけを失った社会には、いつでも集団パニックやカルトが出現する下地ができてしまったのです。

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集団パニックの発生には、カリスマ的指導者の存在も大きい。彼はパニックの炎に油を注ぐとともに、その燃え盛るちからをひとつにまとめ、社会を引きずり回します。そこには大衆がみずから生み出す群集心理も作用します。大衆についての考察は、ギュスターヴ・ル・ボン『群集心理』やオルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』などを読むといいでしょう。

カリスマと大衆の構図は、聖書における神と民衆、もっと古くは羊飼いと羊の群れの関係に見いだされます。つまり、その背景には、牧畜民の生活文化があります。「ハーメルンの笛吹き男」が手にする笛も、羊をまとめるための道具。ハーメルンの笛吹き男と子供の関係は、カリスマとそれに従う集団の関係そのものなのです。

ヒトラーと大衆の関係も例外ではありません。ナチスの場合は、ヒトラーと大衆とのあいだにさらにヒトラーへの忠実な取り巻きが大勢いました。ゲッベルスヒムラーゲーリング、ボルマンなどなど。彼らは、ヒトラーをカリスマとして神格化するのに大いに力を発揮しました。

さらには、そもそもドイツ人の中にある秩序に忠実な気質やヒトラーをドイツの救世主と見なした宗教的心性も事態の悪化を加速させます。ベケットゴドーを待ちながら』ではありませんが、ヒトラーが何かをしてくれるという期待感が大きければ大きいほど、ドイツ国民は身動きが取れなくなっていきました。

f:id:dawnrunner:20150627115753j:plainオルテガ・イ・ガセット

 

キリスト教は、そもそも隣人愛という高邁な理想を説く一方で、それに従わない者は徹底的に排除するという、非常に根が深い矛盾を抱えた宗教です。このことが、ドイツ国民の不満のガス抜きをするために、キリスト教に従わない異端者ユダヤ人を排除しても構わないという理屈につながります。

さらにキリスト教には「贖罪の山羊(スケープゴート)」という発想があります。神さまのご機嫌を損なわないよう、生け贄を捧げることは当たり前とされてきました。スケープゴートにはいつも社会的弱者が割り当てられます。それが社会不安とともに女性に集中したのがヨーロッパの魔女狩りなのです。

キリスト教において女性は、エヴァがアダムに禁断の実を食べさせ、ふたり揃って楽園追放されたことで、根源的な「悪(原罪)」と認定されています。ですから、ひとたび社会に不安が生じたときに矛先が向かいやすい。そんな罪深い女性でも一生懸命信仰すれば救われるとしたのが『マグダラのマリア』の存在でした。

ところで、ユダヤ人自身も決して民族としての同化を望みません。これは宗教的戒律による部分もありますが、同化しないほうが自分たちの立場を利用して国家と直接つながり、国家経済に深くコミットできるという処世的知恵からでもありました。こうしたことはハンナ・アーレント全体主義の起源』に詳しいです。

f:id:dawnrunner:20150627115309j:plainハンナ・アーレント

 

ある集団が、集団パニックという「行動」を起こす前に、集団妄想という「考え」に支配される段階があります。そのときに、集団妄想を促進させるのが密告と拷問。いつ誰に刺されるかという疑心暗鬼に支配されながら暮らすうちに、殺られる前に殺るという動きが社会に出てきます。そのことが密告をうながします。

ひとびとはお互いを信用できない緊張状態に放り込まれます。さらには密告が拷問という身体的苦痛とセットになっているので、大衆を支配する側はこの手を使いたがります。魔女狩りから共産国家、現代の犯罪的なカルト宗教まで、管理のために用いている手法はまったく同じと言えるでしょう。

さらに妄想を拡散させるためのメディアの存在が挙げられます。中世の魔女狩りも「魔女」という妄想を拡げるために積極的に版画を用いました。グーテンベルクが発明した活版印刷が宗教対立を激化させたのは有名な話です。自分の主張したいことを大量にばらまくことが可能だからです。

現代でなら新聞社やテレビ局がその役割を担います。「カリスマ的指導者」がメディアを掌握したがるのは、都合の良い情報を流したいからだけではありません。意図的に誤った情報を拡散させ、大衆を不安に突き落とし、自分に対する依存度を引き上げるためにメディアを「有効活用」します。

ナチスでは、宣伝相のゲッベルスがラジオの普及を積極的に行なったほか、娯楽番組の中に政治的主張を織り交ぜ、国民に鑑賞させました。さらには、レニ・リーフェンシュタールが制作した『意志の勝利』や『オリンピア』という映画などが、ナチスの政治的正統性を主張しました。

f:id:dawnrunner:20150627114859j:plainヨーゼフ・ゲッベルス

f:id:dawnrunner:20150627115059j:plainレニ・リーフェンシュタール

 

集団パニックが起こる土壌には、集団内の不安や外敵のストレスがあることを最初のほうで書きました。ナチスがあらわれたとき、失業、隣国のソ連、高額な戦時賠償金、インフレ、政治的危機、マルキシズムの台頭、世界恐慌など、ドイツ社会は内外の不安の種に事欠きませんでした。

今の日本も、失業、隣国の中国、高額な社会保障、物価高給料安、役に立たない野党、ナショナリズムの台頭、バブルの兆候など、不安の種はてんこ盛り。こういうとき何かもうひと押しあると、集団パニックはいとも簡単に起きます。ただ、今はネットがあるぶん情報を得やすいので、パニックになりにくい側面もあります。

しかし、たくさんの情報に触れられるということは、それだけガセネタにも惑わされやすいということです。悪質な情報のフィルタリングも大事ですが、なによりもわたしたち大衆の情報に対するリテラシーこそが集団パニックとそれによるカルトの誕生を阻みます。

 

 


魔女とカルトのドイツ史

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遊びと人間 (講談社学術文庫)

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群衆心理 (講談社学術文庫)

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大衆の反逆 (ちくま学芸文庫)

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ゴドーを待ちながら (白水Uブックス)

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マグダラのマリア―エロスとアガペーの聖女 (中公新書)

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全体主義の起原 1 ――反ユダヤ主義

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