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Just Melancholy

140字の小説をほそぼそと流します。本(ナンデモ)を読むことと旅(京都と外国)に出ることと文章を綴ることが大好きです。

【 本 】動機が正しければ、男と寝るのも許されます……んー???-『脂肪のかたまり』

 本 

脂肪のかたまり (岩波文庫)

 

自分が救われるためには、普段は蔑んでいるものまで利用する。

 

これは、現代社会などと大風呂敷を広げずとも、わたしたちの身の回りで日常的に垣間見ることができる光景です。大変短い物語であるにも関わらず、そうしたひとの醜悪さを見事に浮き彫りにした一冊を今日はご紹介します。

モーパッサン『脂肪のかたまり』。

 

タイトルからして暗くなりそうな予感を孕んでいますね(汗)
「脂肪のかたまり」とは、物語に登場する娼婦のあだ名、フランス語で書きあらわすならブール・ド・シュイフ。

ドイツ軍に占領された町から逃げ出す一台の馬車。そこにたまたま乗り合わせた10名。すなわち、ワインの卸商人夫妻、工場経営者夫妻、伯爵夫妻といった社会的地位の高いひとびと、さらには、ふたりの修道女、ひとりの政治活動家、そしてひとりの娼婦「脂肪のかたまり」。

 

上流階級にある奥様連は、同乗した娼婦に対して「淫売」だ「社会の恥」だと、その不愉快さを隠しません。男たちは興味半分、蔑み半分といったところでしょうか。

馬車は、激しい風雪のなかその歩みは遅く、ときに立ち往生してしまうことも。宿で食事にありつける目算が狂い、空きっ腹を抱える一同。

そのとき、「脂肪のかたまり」が座席のしたから大きな籠を取り出すと、なかにはたっぷりのご馳走。彼女はこんなこともあろうかと準備しておいたのです。みんなの空腹を察した彼女は、それを気前よく配ります。すると、それまで彼女に対してあった侮蔑的な空気は一掃され、ひとびとはとたんに愛想が良くなります。

 

うわぁ~、この時点でわたしの不愉快さはマックス。

 

普段、散々他人を馬鹿にしておきながら、自分が困ったときには途端に手のひらを返すひとがいますよね。その愛想の繕いかたにあまりにプライドがなく、このひと、心のバランスは取れているのかな、と見ているこちらがかえって困惑してしまうタイプ。2ちゃんのまとめサイトなんかでそういうのを読んでいても不愉快になりますが、文学小説にもこんなのがあったわけです。

 

一同は「脂肪のかたまり」が分け与えてくれた食事のお陰で惨めな思いをせず、ようやく一軒の宿に到着します。だが、その町をとっくに占領していたドイツ軍。何かひどいことをされるのではと怯える一同ですが、そうした乱暴沙汰はとくになく。

ところが、問題はその翌朝に発生します。彼らが出発することを占領軍の司令官が認めません。最初、その事情が明らかになりませんが、どうやら司令官が「脂肪のかたまり」にご執心。要するに、一発ヤラせろと。

 

初日こそ、体を差し出すなんてとんでもないことだ、と娼婦をかばっていた一同ですが、司令官が一向に出発を許可しないことがわかると、態度を豹変させます。自分たちが出発できないのはあの娼婦がドイツ軍の司令官と寝ないためだ。どうせ初めてではないんだからさっさと体を差し出せ、と全員で説得工作を始めます。それについては修道女たちも、動機が正しければ、行いも正しいとか言い出す始末。

 

結局「脂肪のかたまり」が司令官と寝ることで、全員の出発は認められます。ところが、もう一度馬車に乗り合わせたとき、ひとびとは彼女に対して感謝どころか、侮辱を露わにします。修道女もお祈りかなんかしちゃって、素知らぬ顔。宗教的偽善もかくやという感じ。政治活動家は「ラ・マルセイエーズ(フランス国歌)」を延々口笛で吹きます。一同はその曲の皮肉さに気付き、居心地の悪い思いを抑えられません。娼婦は自分の惨めさにひとりさめざめと泣きます。

 

物語は、これで終わりです。
何の教訓も、オチもありません。

 

こみ上げるドス黒い不愉快さ。

 

わたしたちの日常にあふれるエゴイズムも決してこの物語に劣りません。下手したら、そちらのほうが「小説」になってしまうんじゃないかというようなのがいくらでも見つかります。

自分さえ良ければ、という感情は、おそらく動物にはないものです。これは「エゴ(自我)」というものを獲得した人間ならではの感情です。しかも、この「エゴ」は、たかだかここ200年くらいのあいだに発明されたものだとも言われています。

創作に携わるひとたちが口にする「オリジナリティ」や「著作権」などの問題も実はこの「エゴ」の発明と切るに切れない関係にあります。ひとの醜悪さをときにかいま見せる「エゴ」とは一体何なのでしょうか。

この『脂肪のかたまり』にしても、『女の一生』にしても、人間のエゴイズムを剔抉するモーパッサンの筆致には唸らされます。わたしが同じような物語を書こうとしたら、気が滅入ること3ヶ月の延長保証です。創作におけるリアリズムとは何かを考えるひとには、是非とも読んでいただきたい一冊です。

 

結構ひどい書き方をしてきましたが、わたしはモーパッサン好きですので誤解なく♪

 

脂肪のかたまり (岩波文庫)

脂肪のかたまり (岩波文庫)