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Just Melancholy

140字の小説をほそぼそと流します。本(ナンデモ)を読むことと旅(京都と外国)に出ることと文章を綴ることが大好きです。

【 本 】決定版!? 「クドリャフカ」の本当の意味とは、こういうことだ!-『クドリャフカの順番』

クドリャフカの順番 (角川文庫)

 

文化祭で頒布する文集からそこで上映される映画へとモチーフをつないできた本シリーズ。今まで遠目にしか見えてこなかった神山高校文化祭、通称「カンヤ祭」が本作でいよいよ始まる。だが、文化祭へ向け、古典部メンバーの胸中を暗く満たすのは、摩耶花の手違いで大量在庫を抱えることになった文集「氷菓」。これを売り捌かないと、部としては大赤字。千反田、折木、福部、伊原、四者四様の思惑を抱きながら、カンヤ祭前日の夜は更けていく。

頭を悩ます彼らをよそに、カンヤ祭では奇妙な事件がもちあがる。参加団体から盗まれる品々と現場に残される犯行告知のカード。事件の解決に便乗し、文集を売り切ろうと意気込む部員とその謎解きを引き受けることになった折木。文集の販路拡大に奔走する千反田、古典部の知名度アップに頭脳を発揮する福部、誤発注の責任を人一倍感じてる伊原、文集完売のラストアンカーを務める羽目になった折木。かくして、シリーズ第三弾『クドリャフカの順番』開幕。

本作は、主要人物四者の視点から物語が描かれるのが特徴。文化祭という大きな喧騒に包まれていても、めいめいが自分にできることを探し、あくせくする気持ちがとてもよく伝わってきます。とはいうものの、奉太郎は文集の売り子として椅子に座ってるだけ。省エネ主義者の彼らしいといえば彼らしい。でも、一冊でも多く売るために慣れない笑みを浮かべるところなど、本人曰く、やっぱりお祭りの空気にあてられているのかもしれません。

慣れないといえば、えるちゃんがお願いごとをするために相手の気を引こうとしたり、里志が奉太郎の代わりに事件の解決に打って出ようとしたり、摩耶花が漫画作品の価値のことで上級生に噛み付いたりもします。これまでにはあらわれてこなかった登場人物たちの新たな一面をかいま見られるのも本作の読みどころ。前作で奉太郎が味わった青春の苦さが、今回は全員に用意されています。楽しいだけが青春じゃないのです。いいなあ、青春。

当初の予定では、この古典部シリーズは本巻がラストでした。ひとまず3巻セットという前提での解釈を言いますと、シリーズに共通するモチーフは「不在者による告発」。真意を伝えたいのに、そのメッセージを受け取ってくれるひとはだれもいない。しかも、それは関係者の思惑によって引っ掻き回された挙句に、改変され伝播していく。

それを掘り起こし、考えられるかぎりの正しいかたちで、わたしたちの前に届けてくれるのが古典部のメンバー。なぜ奉太郎やえるちゃんが古典部に在籍するかも、これでわかりますよね。彼らは過去に埋没してしまった「声」、すなわち「古典」を解釈し、今に物語る者たちなのですよ。

本作のタイトルにある「クドリャフカ」とは、ソ連のロケットで宇宙に送り出された犬の名前です。以下は、里志と奉太郎の会話です。

 「クドリャフカっていうと、ロケットに乗せられて地球をぐるぐるまわった犬だったね。酸素が切れるまで、眼下の星に帰れると信じてた」
「そうだったのか?」
 犬がなにを信じていたか、わかるやつもいないだろうが。

そうなんですね。奉太郎が言うように、宇宙に打ち上げられ死んでいった犬がなにを信じていたかなんてだれにもわかるはずがありません。だからこそ、彼女(クドリャフカは雌犬)の気持ちを代弁する者が必要なのです。そうしなければ、彼女の存在は打ち捨てられたままになってしまいます。

氷菓』のえるちゃんの伯父さん。
愚者のエンドロール』の本郷真由。

彼らが本当はなにを訴えたかったのか、その真実を知るひとはいません。だからこそ、彼らのかそけき声の残響を聞き取り、今、この場へ物語る者たちとして、古典部のメンバーが主人公たり得たのです。

どれだけ叫び声をあげようとも、周囲に言葉が伝わらない残酷さ、虚しさ。その内容が切実であればあるほど、それはみんなの耳を素通りしていきます。そんな<クドリャフカ>は、だれのもとにも訪れます。言葉は不自由なのです。次はわたしの<順番>でしょうか、それともあなたの<順番>でしょうか。

これが『クドリャフカの順番』のタイトルに込められた真意です。

本作における<クドリャフカ>とは果たして一体だれなのか?
このあとも続刊がありますが、一応、シリーズファイナルとなる『クドリャフカの順番』をみなさんもぜひお楽しみください!

 

クドリャフカの順番 (角川文庫)

クドリャフカの順番 (角川文庫)