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Just Melancholy

140字の小説をほそぼそと流します。本(ナンデモ)を読むことと旅(京都と外国)に出ることと文章を綴ることが大好きです。

【 本 】殺人鬼の領域に踏み入る覚悟はできているか?-『キラー・オン・ザ・ロード』

 本 

///1980年代のアメリカには、ちょっとした猟奇ミステリーのブームがあった。1988年、不世出の殺人鬼ハンニバル・レクターを描いた『羊たちの沈黙』。1987年、拷問と胴体切断で殺害されたエリザベス・ショートの事件を題材にした『ブラック・ダリア』。そして1986年、『ブラック・ダリア』と同じ作者ジェイムズ・エルロイによる、連続殺人鬼の告白を綴った『キラー・オン・ザ・ロード』。

///ずいぶんまえにジェイムズ・エルロイの本をまとめ買いしておいたのですが、ほかの本に紛れ、長らく行方不明。このたび部屋を掃除したことで、ようやく本棚の奥で埃をかぶっているのを発見。改めて手に取ってみた次第。

///映画には、ロードムービーと言われる一群の作品があります。要するに、ロード=道を旅しながら、その途上の事件を綴った作品たちのこと。イタリア映画の名作、その名もずばり『道』や『イージーライダー』『真夜中のカーボーイ』といったお馴染みのものから、少年たちのちょっとした遠出でしかない『スタンド・バイ・ミー』なんかもロードムービーにカウントしていいでしょう。

///映画作品と同様に本にも〈ロード小説〉のたぐいが存在します。例えば、ジャック・ケルアック『路上』、恩田陸夜のピクニック』、ネビル・シュート『パイド・パイパー』、キング『死のロングウォーク』などなど。そして、今回紹介する『キラー・オン・ザ・ロード』もそのタイトル「路上の殺人者」が暗示するように、ロード小説のひとつなのです。

///主人公であり、連続殺人鬼でもある、マーティン・マイクル・プランケット。だれも生まれたときから人殺しではない、みたいな常套句がありますが、どうもこのプランケットに関してはちょいと違う。不仲な両親のもとに育ち、幼くして父親が失踪してしまった気の毒な面はあるけれど、精神を患っている母親との仲が険悪になったとき、彼女が服用していた精神安定剤を興奮剤と密かに入れ替え、彼女を自殺に追い込みます。さらには、自殺した彼女の手首を切り、その血を飲むという奇行まで演じる!

///親権者がすっかりいなくなってしまったプランケット。行政はそんな彼に生活指導員のバックアップのもとで暮らすよう判断を下します。生活指導員に割り当てられたのはLAの警察官。この彼が本当に善人なんだけど、プランケットは警察だけが知りうる情報や知識を巧みに引き出し、窃盗やセックスの盗み見のために悪用します。しかし、こんな悪事は長続きせず、やがて彼は逮捕され、服役することになる。このあたりから彼の異常性と凶暴性が次第に育まれていきます。 

///釈放されたプランケットは、映画館で『アザラシを救え』という映画を見ます。スクリーンのなかではアザラシが撲殺され、観客のだれもがその映像に涙する。プランケットもまた涙が止まりません。しかし、彼の涙は、体のなかに興奮が高まっていく、歓喜の涙でした。

///空想の世界へ逃げ込み、なんとか最後の一線、つまり殺人を犯さずにやってきたプランケット。しかし、ついにその防波堤が決壊する日がやってきます。サンフランシスコで彼に仕事を紹介してくれたハローワーク職員の女性の首を斧で刎ね、彼氏の頭を叩き割る。彼らに何か恨みがあるわけではなく、自分の体のなかの欲望を抑えきれなくなった結果の発作的行為。まさに、通りすがりの殺人です。これによって、彼の全米を股にかけた100人以上に及ぶ連続殺人がスタートしてしまうのです。

///プランケットが、殺す女性の身体的特徴にこだわったり、新聞社が報じる犯人の動機や犯行声明の間違いに訂正連絡を入れたり、こういう細部が物凄くリアル。日本でも、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(警察庁広域重要指定第117号事件)の犯人が、似たような少女ばかりを犠牲者に選んだり、操作撹乱目的の犯行声明を新聞社に送りつけていました。

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///もう一点リアルなのが、プランケットの「透明」であることへの異常な執着。自分がだれの注目も集めず、群衆に紛れることができれば、それだけ殺人が犯しやすい。やや文脈は異なりますが、神戸連続児童殺傷事件の犯人がこれと同じようなことを犯行声明のなかで主張しておりました。こうした異常犯罪者たちの「透明」へのこだわりは、深層心理において実存的不安を感じていることの裏返しであるのかもしれません。 

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///読んでいて絶望的になってくるのは、本作において連続殺人鬼がひとりでないこと。日々の新聞やメディアが伝えるニュースを見ていても分かりますが、事件が起きてすぐ逮捕なんてのがある一方で、長期間、事件が〈潜〉在化していて、何ヶ月、ことによると何年かの時間が経過したのちに〈顕〉在化し、ようやく逮捕に至るなんてことがあるわけです。つまり、ひとりの連続殺人鬼が逮捕されている今この瞬間にも別の殺人鬼が犯罪を遂行中だったりする。 

///また、こうした異常心理を抱えた犯罪者を追跡する捜査担当者の苦悩もあります。いわゆる、ニーチェ効果(わたしの勝手な造語)。犯人の行動や思考をトレースしているうちに、朱に交わればシュラシュシュシュってやつですね。尋常なストレスでないってことは想像に易いですが、最悪、自分の人格を壊しかねない。立場は逆ですが、誘拐・監禁された犯罪被害者が犯人に親近感を覚える、ストックホルム症候群なんてのが事実あるわけですからね。人間の心ってやつぁ、案外、脆いものなのです。本作でも事件を追跡するFBI のデューセンベリー監察官が次第にヤバいことになっていきます。 

///本作が1986年に発表されたことは冒頭にも書きましたが、それから3年後には日本でも東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件が、さらに数年後にはそれを模倣した神戸連続児童殺傷事件なんかが起きている。もちろん、これ以前に連続殺人事件がなかったわけではありませんが、本作が日本での猟奇殺人事件を暗示していたような符号をついつい考えてしまうわたしでした。

///なお、本作の主人公である連続殺人鬼の生い立ちは、ジェイムズ・エルロイの生い立ちと重なる部分もあり、エルロイは幸い作家として大成しましたが、もしかしたらこうした人生に転落していたかもしれないという思いは彼の心のどこかにあるのかもしれません。

 

キラー・オン・ザ・ロード (扶桑社ミステリー)

キラー・オン・ザ・ロード (扶桑社ミステリー)