Just Melancholy

140字の小説をほそぼそと流します。本(ナンデモ)を読むことと旅(京都と外国)に出ることと文章を綴ることが大好きです。

【面 白】すべてのミスディレクションを暴けるか-『災厄の町』

災厄の町〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

今日ご紹介するのはエラリイ・クイーン『災厄の町』。タイトルはちょっとおどろおどろしいですが、超常現象が起きたり、スプラッターな出来事が起きたりするわけではありません。さりとてサイコパスや異常人格者が登場するわけでもなく、今の感覚から言えば、登場人物はみな常識人ばかり。でも彼らのあいだにもちあがった殺人事件をきっかけに家族と町には不穏な空気が漂い始めます。


結婚式を控えたノーラ。ところが婚約者であるジムは失踪してしまう。失意のどん底に突き落とされたノーラですが、結婚式の前日になってジムが町に舞い戻ってきます。ちょっとしたつまづきはあったもののふたりは結婚し、ふたりは無事夫婦となりました。ところが、ある日、ノーラは夫の書いた手紙を発見するのですね。そこには明らかにノーラの殺害を疑わせる内容がしたためられている。そんなきな臭い状況下、ついに殺人事件が起きてしまう。殺されたのはノーラではなく、別の女性なんですが。しかしあらゆる状況証拠は夫であるジムが犯人だと指し示しているし、当のジムの挙動もちぐはぐでおかしい。こうした剣呑な雰囲気のなか、町をたまたま訪れていた推理作家のエラリイ・クイーンに真犯人を暴けるのか。


わたし、それほど多くのミステリーを読んできたわけではありません。それでも最近のミステリーにはトリックが優先されて、物語が付け足しなものが多いように感じていました。まあ、ミステリーは謎解きがメインですから、それもまたありなんでしょう。しかし『災厄の町』は人間ドラマにこそ主眼があり、読み応えがあります。すべての謎が解き明かされたとき、登場人物たちはみなそのように行動せざるを得ないよな、と至極納得です。


作品の発表は1942年、なんと第二次世界大戦中のことです。本当に面白い作品は少々古くても、時間がデメリットにはなりませんね。日本では、映画『砂の器』の野村芳太郎監督によって映画化されています。出演者のなかには、若かりし頃の片岡仁左衛門もいて、これもちょっとした見ものでしょう。 

災厄の町〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

災厄の町〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)