Just Melancholy

140字の小説をほそぼそと流します。本(ナンデモ)を読むことと旅(京都と外国)に出ることと文章を綴ることが大好きです。

【 本 】イルカ跳ね、飛行機墜ちる南米の密林-『イルカと墜落』

イルカと墜落 (文春文庫)

 

沢木耕太郎さんには大変申し訳ない。
古本屋で叩き売りされていました。

これまでにも『深夜特急』『人間の砂漠』『テロルの決算』などを読み、沢木さんの作風というか、文体に痺れておりました。
ハードボイルドさ、苛酷さ、重さ、眼差しの暖かさなど。

しかし、このたびは古本屋で100円。
タイトルの『イルカと墜落』の意味もわからないし、そんなに面白くないのかも。でも、沢木さんならいいか、100円だからいいか。

ところが、これが面白かった。
本当に飛行機で墜落したひとのドキュメントなんてそうそう読めませんて。

 

NHKからアマゾンのインディオ取材の仕事が舞い込んだ沢木さん。
今回の取材対象は、文明化によって絶滅に瀕しているというインディオたち、「イソラド*1」です。
持ち前の好奇心に突き動かされ、またたく間に南米への空へと旅立ちます。

参考サイト:隔絶された裸の人々 イゾラド

 

2000年と2001年の二度にわたって行われたインディオ取材の記録。それが本書です。

2000年の旅は結果からいうと、概ね順調。
そこそこ快適なアマゾン川の船旅を楽しみつつ、船旅と映画『地獄の黙示録』の光景を重ねつつ、現地専門家との対面を済ませ、無事帰国します。
その船旅の途中で、川のなかにピンク色をしたイルカを見かけます。このことがとても印象的だったのでしょう。それで前半は「イルカ記」と命名。

labaq.com

 

ところが、2001年の旅は出だしから少々様相が異なります。

飛行機の旅が控えた直前に「向田邦子さんを偲ぶ会」がある。
向田邦子さんといえば、遠東航空103便墜落事故ですから、沢木さんはご自身の旅行と向田さんの最期を何となく重ねてしまう。
留守電に長期不在のメッセージを残す際にも、もしかしてこれが本当にラストメッセージになってしまうかもなんて躊躇いを覚えます。

ですが、虫の知らせはこれで終わらなかった。
2001年はアメリカ同時多発テロ事件の年。
しかも、沢木さんたちが出発してまさに機上にあるとき、テロリストによる貿易センタービルへの特攻が行われます。

これで旅のスケジュールが大混乱する取材班一行なわけですが、どうにかブラジルの現地にたどり着きます。
しかし、数々の不吉な兆候はついに我が身のものとして降りかかってきます。

取材のために利用したセスナ機が墜落してしまうのです。
墜落の仕方が良かったので(?)、幸いだれも大怪我をせずに済みます。
果たして、これまでの気持ちのわだかまりはこれを暗示していたかという思いにとらわれる沢木さん。
これをもって、後半は「墜落記」と命名。案外、「墜落機」と「墜落記」をかけているのかな?

 

この本は小説ではなく、ドキュメンタリーですから、すべて沢木さんご自身が経験したこと。まさに、現実は小説より奇なりを地で行く話ですね。

取材班のメンバーたちが「そういえば、わたしにもこんな不思議なことがありました」を語るところがあります。ひとは大事故に遭うまえ、やっぱそういう経験をするものなんでしょうかね。ノンフィクションを読むと、こういう記述によくお目にかかります。

 

2001年の取材は、当然、さっぱりでしたが、その後、NHKは番組の完成に向け、取材体勢を立て直したそうです(た、たくましい)。

前半は、映画『地獄の黙示録』やその原作であるコンラッド『闇の奥』を彷彿とさせる感じの船旅。後半は、突然の事故によって、異郷の地に放り出されてしまった沢木さんの死生観。『イルカと墜落』という不思議なタイトルは、「ボヘミアン・ラプソディ」のように前半と後半とで大きく転調してしまう物語を象徴していたのでした。
物語の途中、俳優・役所広司さんから沢木さんへ宛てたメールがワンポイントになっていて、ちょっと印象的でした。


100円で売っていただき、ほんとうにありがとうございました!>ブック◯フ

 

イルカと墜落 (文春文庫)

イルカと墜落 (文春文庫)

 

 

*1:インディオは、大昔(何千~何万年前)にアジアから南米まで歩いて移住したひとびとのこと。日本人なんかと祖先が同じモンゴロイドです。
イソラドは、そうしたインディオのなかでもいまだ文明と接触していないひとびとのこと。彼らは現代人が保有する細菌に対する抵抗がないので、迂闊にわたしたちと接触すると、それだけで死んでしまう可能性があります。