Just Melancholy

140字の小説をほそぼそと流します。本(ナンデモ)を読むことと旅(京都と外国)に出ることと文章を綴ることが大好きです。

【 本 】アイルランドミントの香り漂う儚き神話世界-『ペガーナの神々』

ペガーナの神々 (ハヤカワ文庫 FT 5)

 

世界にある宗教は、大別すると一神教多神教になります。

一神教は、砂漠や狩猟が行われていた地域に成立しました。生存環境が厳しく、みんなで集まって相談なんかしてた日には全滅しちゃうぜ、みたいな場所ですね。可及的速やかにジャッジをくだすには、なるべくヘッドの数は少ないほうがいい。だから、一神教

逆に、多神教は、森林や山のそば、そして農耕が行われていた地域に成立します。周囲にある自然に神秘の力を感じるわけです。しかも、基本的に定住生活なので、毎日みんなと顔を合わせる。物事は周囲の神秘の力ともみんなとも相談して決めましょう。だから、多神教

現代日本で、問題が起きると有耶無耶になりがちなのは、まだ多神教のもとでの合議制の習慣が抜け切れていないからなんでしょう。と言うと、「だから、日本は遅れている」という声がすぐに出ます。しかし、そもそも日本が狂いだしたのは、多神教廃仏毀釈一神教にしようとしだしてから。しかも、世界先進国のなかで多神教が現存しているのは日本だけで……ということを語りだすとどんどんズレていきますので、ひとまずここまでにしておきます。

今日、ご紹介しようと思っているのはロード・ダンセイニ『ペガーナの神々』。
世界のどこにも存在しない、ダンセイニの想像力によって生み出された神話たち。

 

タイトルがなかなか挑戦的です。「ペガーナ」とは、もちろん「pagan」からの造語で、キリスト教を「正」としてみたときの「邪」の宗教を信じるひとびとのこと。

ejje.weblio.jp

つまり、タイトルは「異教徒の神々」という意味。

作者のロード・ダンセイニアイルランドのひと。アイルランドは今でこそローマ・カトリックが大多数を占めますが、もともとはケルトという多神教が優勢だった場所。そのかつての多神教に思いを馳せ、自分で神話を丸々作りだしてしまったのが本書です。

神々を超越する神、マアナ=ユウド=スウシャイは眠りつづけます。
彼が目覚めるとき、今いる神々はすべて姿を消し、世界は終局を迎えます。しかし、ふたたび彼が眠りにつくと、また新たな神々と世界が誕生する。世界は、マアナ=ユウド=スウシャイの眠りのなかに揺蕩ううたかたにすぎないのかもしれません。

世界の根幹には、死と再生の転変があり、それすら夢のように儚いものであることが仄めかされます。

マアナ=ユウド=スウシャイの足元にはスカアルという鼓手神がいて、彼が目覚めないようにドラムを叩き続けます。世界の混沌にリズムを生み出すという陰陽五行の思想に通ずるものがあります。

言葉を作ったキブ、<時>という神々の猟犬を飼いならすシシュ、海を司るスリッド、死を司るムングなどなど。本書では、こうした神々の点描とともに世界の創造から終局までが綴られます。

 

物語は、小説のような散文というよりも、どちらかといえば暗示に満ちた詩のような印象を受けます。荒俣宏さんの解説を読むと、ダンセイニはこれらの文章を鵞鳥の羽ペンで書くとともに二度と手直しをしなかったといいます。彼は物語を作ったのではなく、体に流れるケルトの血を読み取ったままにインクと紙を使い記録しただけなのかもしれません。彼にとって物語はそこに「ある」のですね。にしても、あっちを追記、こっちを削り、しているわたしからすると「うへへーっ!」と頭がさがります。

 

指輪物語』を書いたトールキンクトゥルフで有名なラブクラフトたちも神話世界を構築しようとしました。最近では、スティーヴン・キングの『ダーク・タワー』シリーズ。彼は、己の作品の源泉、それは取りも直さず彼の想像力の源泉ということになりますが、それがダーク・タワーによって構築された多元世界であることを明らかにしました。

ひとは、人生のなかでひとたびならず「どこから来て、どこへ行くのか」というおのれの実存について問いを発します。そうしたときに、自分の存在を支えてくれる「何か」に知らず知らず心惹きつけられていきます。それがひとにとっての神話なのでしょう。

 

創作をするみなさんも自分だけの神話世界を構築してみてはいかがでしょう。キャラクターをひとつふたつなんてけち臭いことを言わず、丸々『創世記』を作る。でも、そうするとひとの数だけ創造神話があることになるのか……なるほど、世界という言葉はわたしたちが生きる「いま・ここ」だけでなく、あらゆるひとの頭の中身を含めたとてつもない広がりを指すのかもしれませんね。

 

ペガーナの神々 (ハヤカワ文庫 FT 5)

ペガーナの神々 (ハヤカワ文庫 FT 5)