Just Melancholy

140字の小説をほそぼそと流します。本(ナンデモ)を読むことと旅(京都と外国)に出ることと文章を綴ることが大好きです。

【雑 文】物語の基本は神話にあり。神話を喪失する現代-『神話の力』

神話の力 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

 

 

スター・ウォーズ』と神話

映画『スター・ウォーズ』がある学問に基づいて作られていることは結構有名なエピソード。若き日のジョージ・ルーカスは、神話学者ジョーゼフ・キャンベルの『千の顔を持つ英雄』を読み、その内容に深く影響されました。

世界には、あまねく神話が存在します。
その内容は知らずとも、北欧神話ギリシア神話ケルト神話、エジプト神話、アステカ神話などの名称は、日本人でも耳に馴染みがあるでしょう。もちろん、日本には、日本神話があります。

こうした世界中に散らばる神話を集め比較検討してみたところ、すべての神話に同じパターンがあることを発見したのがジョーゼフ・キャンベルです。

 

神話の基本パターン

かいつまんで言うと、神話には、必ず、

  1. 旅立ち
  2. 試錬
  3. 帰還

という構造が存在します。

ちょっと難しいですかね。『桃太郎』が、鬼退治に出発し(旅立ち)、鬼と戦い(試錬)、宝物をもって爺婆のもとへ帰る(帰還)、ということです。


小説などを創作するひとならすぐにわかると思いますが、これは物語の基本パターンです。冒頭にご紹介した『スター・ウォーズ』。今日現在(2015年6月)、映画は6作品公開されていますが、すべてこのパターンで作られています。 

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 いやいや、『スター・ウォーズ』に限りません。

ロード・オブ・ザ・リング』にしろ、『ダークナイト』にしろ、『エイリアン』にしろ、劇場版『ドラえもん』にしろ、ほぼ例外なく「旅立ち→試錬→帰還」というパターンを踏襲しています。

 

「足りないもの」への気付きと旅立ち

なぜ、神話や物語の主人公は旅立つのでしょうか。
それは彼が自分に「足りないもの」に気付くからです。
その「足りないもの」を手に入れるために、彼らは旅立ちます。そして、試錬を経て、それを獲得できると、再び故郷へ帰ります。

わたしは、矢部崇『〔少女庭国〕』の登場人物のセリフが一番腹落ちしました。

「お話ってどう書くの?」「知るか」君子が笑った。「え、だから、出る人物に何か欲しがらせて、手に入れるために行動させんだよ」

 

自分に「足りないもの」があるという自覚は、裏返すと、必要なものがわかっているということです。

たとえば、お腹が減っているという自覚は、体がエネルギーを必要だとわかっていることの裏返しです。
たとえば、知識不足を補うテスト勉強は、百点を取る必要が……少なくともクラスの平均点以上は取る必要があると「わたし」がわかっていることの裏返しです。

 

大人になるための神話

ここで話はぐっと大きくなりますが、では、「わたし」が精神的に成長をするために「足りないもの」とは、何でしょう? 「大人」になるために「足りないもの」と言い換えても構いません。ちなみに、肉体は放っておいてもどんどん大人になります。

そのためのお手本を示してくれるものが、ジョーゼフ・キャンベル曰く「神話」なのです。「足りないもの」が何かは、ひとそれぞれ異なりますから、神話にも正解は提示できません。しかし、「足りないもの」があるという自覚をひとにうながすことはできます。

子供がお話を聞き、その登場人物に憧れます。すると、次に、自分がそういう人物になるために何をすればいいかを考え始める。早くも自分に「足りないもの」を考え始めています。とても自然な流れですね。

わたしたちが子供のころ、ヒーローや魔法少女、あるいはスポーツ選手や学者に憧れ、運動を始めたり、勉強を始めたりする、まさにその感覚です。
スター・ウォーズ』でジェダイの騎士を見たわたしたちが、「ヴウゥーン、ヴウゥーン……キシー!」とライトセーバーを振り回す真似をしたのもまったく同じです。

 

神話を喪失する社会

大昔の社会は、今ほど安全ではありません。ちょっと油断していると隣国が攻めこんできて、一族郎党が皆殺しにされるなんてことがざらにありました。
そういうわけで、ひとりひとりの子供が「大人」になって、自分たちの社会を守ってくれることは、社会の切実な願いでした。願いというか、むしろ義務。

社会の守りかたは、ひとによって異なります。
手先の器用なひとは技術者として、
体力に自信のあるひとは兵士として、
神と交信するちからがあるひとは預言者として、
ひとをまとめるカリスマがあるひとは指導者として、
それぞれが社会に貢献しました。
いずれ社会を守ってくれるから、社会もそこにいるひとびとを守りました。
いわゆる、持ちつ持たれつ、です。

ところが、現代は、社会を守るよりも、もっと小さく一企業を守るために子供を育てているようなところがあります。国立大学から文系の学部をなくし、お金になる理系にちからを入れようなんてのは、まさに企業の要請以外のなにものでもありません。

社会から神話のような大きな物語が消え、そこに一企業が作った偽りの物語が満ち溢れるとき、「わたし」はどのような大人として成長していくのでしょうか?

神話は何千年もかけ、大勢のひとびとによって生みだされた物語。そのなかには、ひとが生きていくうえでの真理が入っています。政府や企業などが当面の問題解決のために、急ごしらえで作ったでっちあげの物語とでは、とても勝負になりません。重みが違います。

スター・ウォーズ』という神話の原型を下敷きに作られた物語が、ここまでひとびとによって長く愛され、支持されるのは、わたしたち自身がそうした神話喪失の危機感に気付いているからかもしれません。

 

神話の力 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

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