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Just Melancholy

140字の小説をほそぼそと流します。本(ナンデモ)を読むことと旅(京都と外国)に出ることと文章を綴ることが大好きです。

【 本 】すげえ! ラーメンがナショナリズムにつながった!-『ラーメンと愛国』

 本 

ラーメンと愛国 (講談社現代新書)

 

みなさんは週に何回、ラーメンを食べますか?
わたしは多いときでも週2食程度。しかも、汁系のラーメンはスープの匂いが体につくので、もっぱらつけ麺というヘタレです。それでもお世話になっているには違いない。

使い古された言い回しですが、日本人はラーメンが大好きです。
外出して、ラーメン屋を一軒も見ずに済ますことが不可能なほど、町にはお店が溢れています。

古来、日本の食文化には存在してこなかったラーメンが、なぜここ半世紀くらいで急激に発達したのか。さらには、店員の着る作務衣や店舗を飾る「人生訓」に象徴されるような「ラーメン道」が、なぜここへ来て台頭してきたのか。

今日、ご紹介するのは『ラーメンと愛国』です。

 

食料不足を支えた支那そば

ラーメンはその昔「支那そば」と呼ばれていましたが、終戦翌年の1946年に戦勝国の中国から「支那」の名前を使わないでくれと言われ、「中華そば」に改名されました。

戦後の食料不足のもと、ラーメンは急速に日本人に好まれるようになります。

理由のひとつには、麺の原料となる小麦が米よりも入手しやすく、日本人の口に入りやすかった。戦時中、アメリカが国策で生産していた小麦が、終戦とともに余剰在庫になります。それを、言い方は悪いですが、食料不足の日本に全部押し付けた。これはその後の日本人のパン食にもつながっていきます。

もうひとつには、ラードを溶かしこんだスープが高カロリーで、日本人の栄養を補った。ビタミンやミネラルのことではなく、さしあたっての労働に必要なエネルギーですね。 

 

チキンラーメン誕生 

こうした中華そばは闇市で庶民に売られ、人気を博しますが、そのようすを見ていたのが、のちのカップヌードルの開発者・安藤百福です。

安藤は「食用蛙を使った新食材の研究、身寄りのない若者を集めた塩づくり、人に頼まれて金融業にも乗り出」すほど事業欲旺盛でした。ただ、山師っぽい側面があり、胡散臭いことも結構やっていたようです。

そんな彼が四〇歳を越えて、取り組んだ事業が「チキンラーメン」だったのです。ここには『プロジェクトX』的開発秘話のいちいちを取りあげませんが、安藤をチキンラーメン開発に向かわせたのは金儲けだけではなかったようです。小麦を押しつけるアメリカ農業界、それをそのまま国民にパン食として押しつける日本の厚生省。こうしたひとびとに対する怒りというか反感を持っていたようです。

「日本人の食生活とパンは、所謂、水と油じゃないですか。どこかに無理があるのですよ。僕にはそう思えますね」

「 パンが悪いといっているのではないですよ。しかし、彼等は副食として肉や乳製品を多量に消費する。だから主食としてのパン食が成り立っている。ところが、どうです、日本の伝統的食生活は。みそ汁、納豆、せいぜいが魚といったところでしょう。緑茶をのみながらパンをかじるというのでは、バランスがとれるはずがない」
 こうしたやりとりを交わすうちに、百福は東洋には麺食という、独自の小麦食の伝統があることに気がついた。

事業を起こすには、このような反骨精神が必要なのでしょう。

こうした安藤の思想と日本人の食生活を支えるという使命感のもと、1958年にチキンラーメンが誕生します。1958年には1,300万食だった生産量が、2年後には1.5億食にまで増えたという数字をみれば、その大ヒットぶりがうかがえるでしょう。

ヒットの背景には、1960年代半ば頃から始まった「受験戦争」の存在もあるようです。夜遅くまで勉強する子供の夜食が常態化し、そこでインスタントラーメンが食べられたという構図。現代のサラリーマンも似たようなものですから、想像がしやすいですね(汗)

 

カップヌードゥオゥ!

1971年には「カップヌードル」が発売されます。
最初、埼玉県朝霞市陸上自衛隊がこれを兵食として採用しますが、カップヌードルの印象を決定的にしたのは、1972年に起きた「連合赤軍あさま山荘」事件」。あさま山荘に立てこもる連合赤軍を包囲した警察官と彼らの動静を伝える報道陣たちがこぞって食べます。お手軽だからですね。それにあさま山荘を取り囲んだ警察官たちには、氷点下15度で配られたおにぎりが凍って食べられないという切実な問題もありました。

 

ラーメン屋が日本を覆っていく

このような背景のなか、各社がこぞってインスタントラーメンを発売し、ラーメンの知名度が広がっていくなか、いわゆる「ラーメン屋」も次第に日本全土を覆っていくことになります。ただこれには、1970年に開催された大阪万博以降の社会の流れが大きく寄与しています。

万博をひとつの転換点として、日本は脱工業化、産業のソフト化を目指すようになります。そこに欧米から流れこんできたのがフランチャイズシステム。
ケンタッキーフライドチキンマクドナルド、すかいらーくといったファストフードの大御所はみなこの頃に日本での営業を開始しています。この時流に乗って、ラーメン屋も日本の隅々まで店舗を増やしました。

さらに政治の世界でも1970年代は田中角栄による地方開発を主眼においた「日本列島改造」が行われます。国道脇のフランチャイズ店舗、いわゆるロードサイドショップが立ち並ぶ風景が日本全国いたるところで見られるようになったのは、まさにここに端を発しているのです。

 

ラーメン・ナショナリズムの台頭

そうして地方がどんどん個性を失っていく危機感のなかから誕生したのが、必要以上に漢字にまみれた、893の組名とも見まごう、現代の「麺屋」「麺匠」なのです。彼らは漢字や作務衣、黒という日本的意匠にこだわり、さらには店舗のなかに相田みつをのようなポエムをわんさか書き散らします。

現代の若者が日本人であることを恥ずかしく思い、自信をなくしていく一方で、こういうところにおかしなナショナリズム愛国主義)が発揚する。まあ、これは政治に短絡的に結びつくものではありませんが、日本独特のかなりねじれた文化現象だと思います。

日本の伝統文化(オリジナル)には、ラーメンは存在しません。なのに、日本っぽさ(記号)を偽装したそれを食べることで、わたしたちもなんだか日本文化を味わっている気がしてる。フランスの哲学者・ボードリヤールは、こういうオリジナル(現実)と模造(記号)の区別がつけられない現代人の消費生活を予測していました。

 

さて、つらつらと本の中身を紹介してきましたが、本書にはまだまだ面白いエピソードやトリビアがたくさん詰まっています。興味のあるかたは、ぜひご一読ください。人間の社会とは、あらゆる出来事が密接に絡まり合いながら進んでいくもの。ラーメンひとつとってもそのことは例外ではないのです。

 

ラーメンと愛国 (講談社現代新書)

ラーメンと愛国 (講談社現代新書)