Just Melancholy

140字の小説をほそぼそと流します。本(ナンデモ)を読むことと旅(京都と外国)に出ることと文章を綴ることが大好きです。

【面 白】みずからの死をも小説にした女・久坂葉子-『幾度目かの最期』

幾度目かの最期 (講談社文芸文庫)

この作品を読むまで久坂葉子さんという作家を知りませんでした。不勉強に対する言い訳が許されるのなら、それもしようがないこと。というのも、1931年生まれの彼女は21歳という若さで夭逝してしまっているのですから。その著作は死後、関係者らの手によって刊行されました。本名は川崎澄子。父方の曾祖父は川崎造船の創業者である川崎正蔵、母方の曾祖父は加賀藩主である前田斉泰というサラブレッドです。生まれ育ったのは神戸。いわゆるお嬢さまですね。


11歳で『山家集』を読み、数珠を手に尼を夢見たというのですから、早熟なのやら繊細なのやら。神戸山手高等女学校で最初の自殺未遂を起こし退学になります。次の相愛女子専門学校も中退。17歳のときに敬愛していた太宰治玉川上水で自殺すると、彼女もまた後追い自殺を試みますが失敗。10代にして早くも前科2犯です。その後、3度め、4度めの自殺未遂。そして21歳の大晦日、阪急線六甲駅で電車に飛び込み、不帰の客となります。


そんな彼女の「幾度目かの最期」なる作品を何の予備知識ももたず読み、小説ではなく自殺の遺書だと気づいたときの驚愕。物語ではないのでしょうから「あらすじ」という言葉が適切かは分かりませんが、要するに、好きな男性との関係がギクシャクしてしまい、絶望の淵に立たされるまでの過程が長々と綴られているのです。遺書であることが分かったうえで、最後の一文「十二月三十一日午前二時頃」を読むと、真夏であるにも関わらずぞっとします。この数時間後に彼女は「車輪の下」へ姿を消すのです。


もちろん彼女の、女性としての苦悩に同化し、小説家としての才能に酔い痴れながら読み進めればよいのでしょう。ただ読者が彼女と同じ女性であったとき、そうした割り切った読み方が果たしてできるでしょうか。いにしえより少女は恋愛に苦悩してきたわけです。ただ、これだけ死にたがっていた一方で、久坂に詩集や小説集を出す作家としての野心があったことを師匠の富士正晴は、彼女に代わって刊行した作品集の後書きで明かしています。

 

幾度目かの最期 (講談社文芸文庫)

幾度目かの最期 (講談社文芸文庫)

 

 

【面 白】すべてのミスディレクションを暴けるか-『災厄の町』

災厄の町〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

今日ご紹介するのはエラリイ・クイーン『災厄の町』。タイトルはちょっとおどろおどろしいですが、超常現象が起きたり、スプラッターな出来事が起きたりするわけではありません。さりとてサイコパスや異常人格者が登場するわけでもなく、今の感覚から言えば、登場人物はみな常識人ばかり。でも彼らのあいだにもちあがった殺人事件をきっかけに家族と町には不穏な空気が漂い始めます。


結婚式を控えたノーラ。ところが婚約者であるジムは失踪してしまう。失意のどん底に突き落とされたノーラですが、結婚式の前日になってジムが町に舞い戻ってきます。ちょっとしたつまづきはあったもののふたりは結婚し、ふたりは無事夫婦となりました。ところが、ある日、ノーラは夫の書いた手紙を発見するのですね。そこには明らかにノーラの殺害を疑わせる内容がしたためられている。そんなきな臭い状況下、ついに殺人事件が起きてしまう。殺されたのはノーラではなく、別の女性なんですが。しかしあらゆる状況証拠は夫であるジムが犯人だと指し示しているし、当のジムの挙動もちぐはぐでおかしい。こうした剣呑な雰囲気のなか、町をたまたま訪れていた推理作家のエラリイ・クイーンに真犯人を暴けるのか。


わたし、それほど多くのミステリーを読んできたわけではありません。それでも最近のミステリーにはトリックが優先されて、物語が付け足しなものが多いように感じていました。まあ、ミステリーは謎解きがメインですから、それもまたありなんでしょう。しかし『災厄の町』は人間ドラマにこそ主眼があり、読み応えがあります。すべての謎が解き明かされたとき、登場人物たちはみなそのように行動せざるを得ないよな、と至極納得です。


作品の発表は1942年、なんと第二次世界大戦中のことです。本当に面白い作品は少々古くても、時間がデメリットにはなりませんね。日本では、映画『砂の器』の野村芳太郎監督によって映画化されています。出演者のなかには、若かりし頃の片岡仁左衛門もいて、これもちょっとした見ものでしょう。 

災厄の町〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

災厄の町〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

【面 白】逃げる犯罪者たちを待ち受ける運命とは-『逃亡者と運命』

監視者 (恐怖と怪奇名作集)

今月から「あなただけが知らない物語」というコンセプトで、小説を中心にさまざまな作品を紹介していきたいと思っています。なので、過去に紹介してきたような小難しい人文学書や新書のたぐいは控え目に……本当に面白いものがあれば随時ご紹介しますけどね(紹介するんかい!)。

 
それでは、「あなたがまだ読んでいない面白い物語」第一回目は、アーヴィン・S・コッブ『逃亡者と運命』です。わたしはこの作品を児童書である、岩崎書店の《恐怖と怪奇》シリーズで読んだのでこのようなタイトルになっていますが、原題は「Faith, Hope and Charity」で、大人向けの短編集では「信・望・愛」で収録されていますね。子供向けにこのタイトルではちょいと難解ということで改変したのでしょう。


場所はアメリカ。列車で護送されている三人の外国人犯罪者が逃亡を企てます。彼らが本国に強制送還されたあかつきには、それぞれに残酷な処分が待っているからです。


フランス人はギロチン刑だそうです。さすがフランスですね。しかし一瞬で死ねるだけマシだとスペイン人は言います。彼が本国に送られた日には、首に巻いたベルトのネジをきりきりと少しずつ絞め上げ、最後には窒息死させられるといいます。吊るされる絞首刑より悲惨! ところがもうひとりのイタリア人は、いずれにしたって死ねるのだからいいと主張します。彼をイタリアで待っている刑は、物音ひとつしない独房に死ぬまで閉じ込めておくこと。


大同小異。何にせよ彼らの未来にはろくでもない最期が口をあけているのです。ノー・ウェイ・アウト。これなら機会を見つけて逃げるのもいたしかたなし。三人はふたりとひとりになってバラバラに逃亡します。ところがその先にもまた思いも寄らない結末が手ぐすね引いて待ち構えていたのです。


ここで紹介する作品は、あくまでもわたし目線ではありますが、面白いと思った作品だけ。この『逃亡者と運命』も「え、そういうオチなの?」と少なからず衝撃を受けました。丹念に読み込んでも30分もかからず読み終える長さで、なおかつ面白い。


作者のコッブは25年にわたる作家生活で、60冊を超える本を書いているそうですが、日本ではあまり馴染みがありませんね。これまで未経験の作家に手を出してみたいひと、夏場にちょっと怖い話を読んでみたいひとにオススメです。 

監視者 (恐怖と怪奇名作集)

監視者 (恐怖と怪奇名作集)

 
世界短編傑作集 4 (創元推理文庫 100-4)

世界短編傑作集 4 (創元推理文庫 100-4)