Just Melancholy

140字の小説をほそぼそと流します。本(ナンデモ)を読むことと旅(京都と外国)に出ることと文章を綴ることが大好きです。

【 本 】子供が信ずるもの、大人が信ずるもの-『リカーシブル』

リカーシブル (新潮文庫)

 

都会から坂牧市へ引っ越してきた三人の親子。越野ハルカと弟・サトル、そしてふたりの母。坂牧市はシャッター商店街を町の中心に持つ、没落しつつある典型的な地方都市。道路ぎわには高速道路誘致を訴える看板。子供の数が減り、空き教室を抱える学校。ハルカには立ち入りようもない暗黙の了解に基づいた人間関係と時折垣間見せる余所者への排他的な空気。杳として姿を見せない「何か」が、しかし着実に、彼女の周囲をとざしてゆく。

 

きっかけは弟の予言だった。小学三年生の弟は、初めて越してきた町にさまざまな違和感を口にする。最初はそのことをバカにしていたハルカ。しかし、町の埋もれた歴史を掘り返すほどに浮かびあがる、奇妙な暗合。そして、町に伝わる予言者・タマナヒメの伝説と最後には必ず彼女が自殺するという不穏な悲劇。しまいには、そのことを教えてくれた社会の先生が自動車事故によって大怪我を負う。ハルカの知らないところで何が動いているのか。

 

現代の地方都市が直面している商店街のありさまや学校事情、休日のフリーマーケットのうらぶれたようすなどが淡々と描かれていきます。一方で、高速道路が誘致されることで町に賑わいが戻るのではないかという、信仰とすら言える町のひとびとの悲願、宿願。そんな青写真が示す荒唐無稽さは、中学一年生のハルカにすら見通せます。しかし、そのことを余所者が声を大にして言ってはいけないという、都会の人間にはわからない閉塞感。

 

新天地で身の置きどころに戸惑うハルカですが、彼女は家族のことでも孤立感を抱えます。母親は後妻さんでハルカの本当の母親ではありません。弟のサトルも今の母親の連れ子。外にも内にもつながりを持てない彼女は、地元出身で同い年の在原リンカと歴史の三浦先生を数少ない意思疎通者として得ます。しかし、彼らから明かされる町の裏面に流れる歴史や伝承は、彼女を町に引きこむよりも、むしろ町をますます遠いものにしていきます。

 

大人の本音と建前のはざまで翻弄されるハルカのつっぱりが読んでいて健気です。終盤に感情を爆発させるシーンがありますが、よくぞここまでこらえたと、そばにいたら頭を撫でてあげたくなるくらい。彼女が決然として歩を進めるラストは、ひとのこころが成長するとは何であるのかを改めて考えさせます。本作は、ミステリーであると同時に、きわめて現代的なテーマを盛り込んだ文学小説のようにも思えました。古典部シリーズのえるちゃん、『妖精』のマーヤ、『竜骨』のアミーナ。米澤ミステリーに登場する少女たちは、逆風ですべてが剥ぎ取られるほど、その芯の強さをおもてにあらわします。

 

「ricursive」という英単語は「occur(起こる)」に「re(再び)」がついたもので「繰り返される」といった意味。それに接尾辞「able(できる)」をつけて「ricursi-ble」。「繰り返される可能性がある」といったニュアンス。ただし、これは米澤さんの造語。わざわざ造語まで作って読者に突きつけられる謎とは。

積みあげられてゆく町の日常生活の描写。そこに散りばめられ、仕掛けられた数々の予感。弟が発現させた超自然的なちからが示すように、人知を超える力が町を支配しているのでしょうか。あなたには真の筋立てを組みあげることができるでしょうか。ハルカが演じた役回りが、あなたによってricursi-ble?

 

米澤穂信さんが描く、苦く、切なく、痛い青春ミステリの新たな一章をぜひお楽しみください。

 

リカーシブル (新潮文庫)

リカーシブル (新潮文庫)