【雑 文】ビジネス性格診断で唯ちゃんたちを分析-『けいおん!』
FFS理論で軽音部を分析
FFS理論という性格診断がある。
会社でこのテストを受けたひともいるだろう。
実は、これが『けいおん!』にあてはまるのではないか、という話をしてみたい。
このテストを受けると、性格は以下の4タイプに分類される。
軽音部のメンバーも併せて割り振った。
- リーダー型:田井中律
組織先導型。
理にかなった精神力、使命感、決断力、行動力を持ち合わせている。
変革を起こす、市場を拡大することが得意である。
日本人における出現率は10%である。
基本的に一兵卒として働くのには向かない。
- マネジメント型:琴吹紬
改善支援型。
置かれている立場を肯定的に受け止め、管理・調整しながら継続的に物事を対処する。
コストダウン、平準化、改善に強みを持っている。
日本人における出現率は55%である。
澪と紬に関しては、さほど異論がないと思う。
ここで悩んだのが、唯と律の取り扱い。
ふたりのどちらにタグボート型ないしはリーダー型を割り振るか。
そのとき参考になったのは、ふたりの楽器。
ギターは、そのときどきの状況に応じて自由な演奏ができる、エモーショナルな楽器。
しかし、ドラムは、律の奔放な性格に反して、あくまでもバンド全体に狂いが生じないよう、丁寧に一打一打ビートを刻んでゆかねばならない。
やはり律は、常にバンド全体を視野に入れた動きを心がけているはずだ。
ここまで考えたときに、唯がタグボート型、律がリーダー型に決まった。
最後のひとり、中野梓
FFS理論によると、この4パターンが揃うと組織活動は円滑に回る。
だが、ここにはまだ中野梓がいない。
実は『けいおん!』における最大の発明が、彼女の存在にあるという話を以下に続けたい。
結論から言うと、梓はアンカー型。
組織の規則・法律を遵守し、リスクヘッジを得意とする。
生真面目な性格、心配を先取りした言動、劇場版における名幹事ぶりなど、梓の後方支援型を示す証拠はいくつも挙げられる。
FFS理論の4タイプは中で対になっている。
「タグボート型-アンカー型」と「リーダー型-マネジメント型」。
「リーダー型-マネジメント型」は、本稿に関係がないので、ひとまず置く。
タグボート型が前のめりに突き進んでいくとき、そのまき散らしたものを回収し、兵站線を確保し、最悪、撤退するときの最終防衛線を確立するのがアンカー型。
良く言えば、堅実志向、悪く言えば、堅物で面白みに欠ける。
従って「物語」でこのアンカー型の主張が強くなり過ぎると、せっかくタグボート型が切り拓いた物語の世界観をシュリンクさせかねない。
澪の場合、唯たちとは同級生の関係にあり、彼女の抑え込む力は遠慮なく発揮される。
かきふらい先生もそれを直感的に感じたからだろう。
極度な怖がり。
日常の言動からは相容れないメルヘンチックさ。
これらのアトリビュートを澪の性格に付け加え、現実世界との切り離し、物語世界への引き戻しを図った。
「キミを見てるといつもハートDOKI☆DOKI
揺れる思いはマシュマロみたいにふわ☆ふわ」と歌ったのは秋山澪だ。
現実を配慮する大人とカリカチュア化された幼児性の相克。
アンビバレンツになってしまった澪のキャラ造形をいかにして物語へ回収すべきか。
京アニもこのことに気付いたのであろう。
二期以降、彼女の存在感を後退させる。
もし『けいおん!』があくまでも当初のキャラ設定にこだわり続けた場合、物語は遠からず澪を起因にして世界観の破綻を引き起こし、あそこまでの人気は持続し得なかったと思う。
しかし、唯、律、紬という不羈奔放を地で行く3人で物語のリアリティを繋ぎ止めることができるだろうか。
そこにひとりの可愛らしい救世主があらわれた。
彼女が練習にこだわり、ときに野放図な唯や律に悩み、何とか部活を軌道に乗せようと奮闘した姿はとても健気だった。
これは規律を重んじる、まさしくアンカー型の特性。
しかし、彼女の存在感が重くならないのは、ひとえに後輩という立ち位置ゆえ。
梓がピーチクパーチク騒いでも、先輩たちの目には可愛い雛鳥としか映らないので、最後には押し切られてしまう。
それでいて、物語を現実から漂わせないための、文字通りアンカー(錨)にもなっている。
うるさいけれど、可愛い後輩であればこそ、梓の前でまったくのデタラメはできないという、ある種の母性本能と自己抑制を唯たちに抱かせる。
それは鑑賞していたわたしたちも同じはず。
およそ澪の教条主義的な抑え込みとは、パワー・質において異なる。
梓の存在は、澪の役どころを肩代わりしつつも、後輩という立場ゆえに彼女自身が積極的に物語を押し留めることもなく、ぎりぎりのところで物語にリアリティを与えるという、これ以上はないくらいの絶妙な平衡点を達成していた。
「ダメです!私の目が届く範囲にいて下さい」という梓のセリフ。
これぞまさしくタグボート・唯に対するアンカー・梓の本領発揮なのである。
FFSで読み解く1期最終回
ファンのあいだではシリーズ全体を通して最高の評価もある、1期最終回。
あれをFFS理論に則り、チェックしてみよう。
現実で考えたとき、あのようなアンコールの先陣を切るのは、ノリ重視のタグボート型。
すなわち、唯の役目だ。
劇場版、ロンドンの野外ステージで『ごはんはおかず』のリピートを敢行した姿を覚えているだろうか。
あれだ。
しかし、1期最終回では、誰がそれを担ったか。
そう、マネジメント型の紬。
マネジメント型はリーダー型と対になることからも分かるように、属性としては、協調型、従属型であって、みずからが先頭に立つタイプではない。
あのシーンでアンコールがないとは誰も思わなかっただろう。
だけど、紬がその口火を切るとも思わない。
そこをいいかたちでわたしたちは裏切られた。
紬が自らの協調、従属という属性を覆したのだ。
それほどまでに彼女の軽音部に対する想いは深い。
頬を赤くした、彼女の感情の発露にわたしたちは最初のカタルシスを感じる。
以降を説明する。
感極まった紬が『ふわふわ時間』のキーボードパートを独奏する。
柄にもないことを始めてしまった紬をリーダー型の律は決して見捨てない。
すかさず、ドラムで追随して、彼女の救出を図る。
律の姿を常に追いかけてきた澪は、それにすぐさま反応、ベースで助勢する。
やはり、澪と律は一心同体なのだ。
梓は後輩としての節度を守り、最後にギターとしてハーモニーを重ねていく。
奥床しいとともに、唯を迎える砦構築のアンカーをきちんと務めた。
残された唯。
普段なら新しいことを厭わず、軽音部のイコンとも言えた彼女。
そんなタグボートな唯が最後の最後にメンバー全員に引き釣りこまれる。
これまでのキャラ造形とは真逆の展開。
軽音部全体の成長を目の当たりにしたわたしたちはここでもう一度カタルシスを覚える。
こうした二重のカタルシスがあったればこそ、1期最終回は最高評価を得る。
こんなこと、かきふらい先生も京アニも考えていないかも知れない。
しかし、創作とは無意識のうちにさまざまな奥行きを備えてしまうものでもある。
そんなことを紹介してみたくて、FFS理論で『けいおん!』を読み解いてみた次第。
ちゃんちゃん♪