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Just Melancholy

140字の小説をほそぼそと流します。本(ナンデモ)を読むことと旅(京都と外国)に出ることと文章を綴ることが大好きです。

【創文メモ】「モノ語り」は「モノ型り」? あなたは物語の型を持っていますか?

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物語の「型」を考えたときに、もっともメジャーなものはやはり「起承転結」でしょう。物語によらず、普通の文章を書くときでも起承転結は、非常に使い勝手が良い。読むひとにとっても、腹にすとんと落ちやすい。ただあまりにメジャーゆえに、この型を使って書いた小説を凡庸だと見なすひとも多いですが。

そうした批判はさておき、なぜ「型」を使った文章が、書くひとにとって筆を進めやすく、読むひとにとって理解が進むのか。これを議論しだすと、途轍もなく深い話になってしまいます。挙句の果てには、ひとの遺伝子にそうした物語の遺伝子が組み込まれているとしか考えようがないなんて話にもなる。

今日は、そうした物語の「型」について五月雨式にご紹介します。

  1. 起承転結
    いまさら説明する必要もありませんが、一応。これは中国の漢詩に採用された、非常に由緒正しき型。どんな物語もたいがいこの型に放り込むことができるので、プロット構成力を高めるために、読んだ小説、鑑賞した映画を起承転結にまとめる練習を推奨するひとも。
    わたしが起承転結であらすじを書くときは、「承・転」の文頭にかならず「接続詞」使うよう心がけています。

    :テーマ(判断)を書きます。
    :「というのは(理由)」「それは(拡大)」「それで(順接)」などを用いて、文章をつなぐ。
    :「ところが/だけど(逆接)」「ところで(転換)」などを用いて、文章をつなぐ。
    :全体を締め括る。

    起承転結の例に引用される俗謡「大阪本町 糸屋の娘 / 姉は十六 妹が十四 / 諸国大名は 弓矢で殺す / 糸屋の娘は 目で殺す」だと、こんなふうになります。

    :大阪本町の糸屋に娘がいました。
    それで、娘は姉が16歳で、妹が14歳でした。
    ところで、大名たちは弓矢でひとを殺します。
    :一方、姉妹は色目で男性を射殺すのです。

    これはあくまでもわたしの考えですが、こうした「接続詞」を使って物語を起承転結に落としこむのが困難な場合は、だいたい物語の構成を間違えているか、「承転」いずれかの要素が欠落していることが多いです。


  2. 序破急
    もともと雅楽という音楽の構成を示した言葉。世阿弥が書いた能楽の理論書『風姿花伝』などに出てきます。

    :物語を動かす主要人物が勢揃いし、主人公の目的が明確にされます。読者が主人公の目的に納得し、共感できるか。ここの情報が足りなかったり、浅かったりすると、読者は読むのをやめてしまいます。
    :ある意味、読者の期待通りに登場人物たちの活躍が描かれ、物語にテンポが出てきます。ここで期待を裏切りすぎる(たとえば、主要人物が死ぬとか)と、物語の世界観が縮んでしまうことも。
    :それまでの予定調和的な世界に異物が混入し、物語に揺らぎが生じます。異物はトリックスターの登場だったり、目的のさらなる拡大だったり、主人公の価値観のぐらつきだったり、いろいろです。

    起承転結と序破急のあいだには、「起:序」「承:破」「急:転結」のような対応がありますから、どちらの型で取り組んでも問題ありません。
    ただ、起承転結が論理構成っぽくクールであるのに対し、序破急にはより物語のエモーショナルな雰囲気があらわれているように思います。ご自身の性格向きだと思うほうを採用するといいでしょう。


  3. 往きて還りし物語(神話)
    これは神話学者・ジョーゼフ・キャンベルが提唱した物語の型。物語と言っても正確には「神話」のこと。世界中の民族が保有する神話を集め、分析したところ、どの神話にも共通した構造があることをキャンベルは発見しました。構造というと難しいですが、要するに物語における主人公の行動には共通パターンがあるのです。
    以前の記事でもちょろっと触れましたが、

    かいつまんで言うと、神話には、必ず、

    1.旅立ち
    2.試錬
    3.帰還

    という構造が存在します。

    ちょっと難しいですかね。『桃太郎』が、鬼退治に出発し(旅立ち)、鬼と戦い(試錬)、宝物をもって爺婆のもとへ帰る(帰還)、ということです。

     

    この三段階の中身はさらに以下のような構成に分割されます。「1,2」が「旅立ち」、「3~7」が試錬、「8」が「帰還」に相当するでしょう。

    1.Calling(天命)
    2.Commitment(旅の始まり)
    3.Threshold(境界線)
    4.Guardians(メンター)
    5.Demon(悪魔)
    6.Transformation(変容)
    7.Complete the task(課題完了)
    8.Return home(故郷へ帰る)

    ここで興味深いのは「Guardians(メンター)」と「Demon(悪魔)」の存在。主人公が旅をする際、必ずそこには導いてくれるひとと邪魔をするひとがあらわれます。映画『スター・ウォーズ』で言うなら、「Guardians(メンター)」はオビ=ワン・ケノービやヨーダ、「Demon(悪魔)」はダース・ベイダーダース・シディアス(皇帝)になります。

    これまたわたしの記事で恐縮ですが、以前書いた「物語をつむぐ五人の登場人物」のなかに登場する「指導者」と「敵対者」がそれぞれ「Guardians(メンター)」と「Demon(悪魔)」に対応します。 

     

  4. 内と外
    「3.往きて還りし物語(神話)」をもう少し細かく見ると、そのなかにもいくつかのパターンが存在します。

    (1)浦島太郎型(内から外へ出かけていって再び内に戻ってくる物語)
    (2)かぐや姫型(外から内に来て、再び外へ帰っていく)
    (3)成長型(子供が立派な大人になっていくなど。外から内)
    (4)退行型(一般的な大人が子供心を取り戻すなど。内から外)

    「内」と「外」は、自分が暮らす社会共同体の内か外かを意味します。社会共同体を構成する大人は「内」に分類されます(最近のオトナを見たら、異論はあるでしょうが)。社会共同体の義務を背負えない子供は「外」の存在です。
    「往きて還りし物語」は、大原則、ひとの成長をテーマとして扱う物語の型。つまり、社会共同体の「内」でみんなのお世話になっている子供が「外」へ出かけ、成長し、もう一度「内」へ帰ってくる。成長した子供には、社会共同体の存続と発展への貢献が期待されます。
    「退行型」なんてのはその裏をかいた面白い発想。子供という外部視点に立ち返ることで、社会共同体が無自覚に抱える問題点を暴くなんてことがストーリーとしてあり得そうです。
    上の分類は、以下のブログからの引用させていただきました。

     

  5. 物語に不可欠な構成要素
    物語を紡ぐ際、欠けてはならない要素を以下のように分類する本もあります。逆に考えると、これらをきちんと書き出していけば、物語はおのずからできあがるということ(無論、そんな簡単なものではありませんが)。

    1.ストーリー
    2.キャラクター
    3.シーン
    4.ナレーター
    5.ワールドモデル

    原因の「3.シーン」と結果の「シーン」を物語的因果関係(プロット)、つまり「1.ストーリー」に落とし込みます。物語的因果関係の型には、「起承転結」や「序破急」などがありました。そこには、主人公を初め、彼を導くメンター、邪魔をするデーモン、ヒロイン、仲間たちといった「2.キャラクター」が登場します。
    「4.ナレーター」は、いわゆる、視点のこと。
    一人称(偏在的)なのか、三人称(全知的)なのか。一人称の主人公目線で語られていた物語が、突如、神の視点に変わってしまうようなことは是非とも避けたい。ご都合主義におちいってしまいます。
    そして、最後に残った「5.ワールドモデル」。これは和訳すればまんま「世界観」のこと。
    例えば、『機動戦士ガンダム』を考えます。
      ・アムロたちが戦っている時代はいつなのか?
      ・ジオン共和国が地球連邦軍と開戦するに至った経緯とは何か?
      ・なぜひとびと(の一部)は地球を離れて暮らしているのか?
      ・モビルスーツはそもそも何のために開発されたのか?
      ・連邦制と公国制は何が違うのか?
      ・スペースコロニーの生活で不便な点は何か? etc.
    ガンダム』クラスの物語で、こうしたことを箇条書きにしていったら際限がありません。もはや『ガンダム』の世界観は神話レベルですからね。
    しかし、物語の表面にあらわれてこない、あるいはあらわれても一言二言しか言及されない情報をどれだけ作りこんでおくかで物語の厚みは変わってきます。
    物語を書く際、ワールドモデルをだらだらと書いてしまうひとも往々にありますが、物語の進行に絡めながら小出しにしていければ、これはかなりの手際といえるでしょう。 

今日ご紹介したような内容は、探せばまだまだいくらでも挙げられます。ハリウッドの創作モデルなど、今日はまったく触れていません。どれが正解ということはありません。案外、どれも突き詰めると同じようなことを、切り口を変え、言ってるにすぎないかもしれません。ただ、どの型にも触れず、徒手空拳で創作しようとするとメタメタになってしまいます。最初はカタっ苦しく思うかもしれませんが、カタなしにならないように、ひとつは自分のカタを決めましょう。

みなさんが採用している「型」はなんですか?