Just Melancholy

140字の小説をほそぼそと流します。本(ナンデモ)を読むことと旅(京都と外国)に出ることと文章を綴ることが大好きです。

【 本 】ただ走るには長すぎる、すれ違う心の距離-『ふたりの距離の概算』

ふたりの距離の概算 (角川文庫)

 

5月末の今日は、二〇〇〇〇メートルの距離を走りぬくマラソン大会、称して、神山高校星ヶ谷杯。大会にうんざりする一方で、折木にはどうしても今日中に決着をつけねばならないことがあった。それは新入部員の進退問題。2年生になった古典部メンバーが初めてクラブに迎えた子。数あるクラブのなかから古典部を選んだ彼女は、本入部締め切りをまえに突如退部を切り出す。彼女とメンバーたちのあいだにどんなすれ違いがあったのか。

 

新入部員を勧誘する折木奉太郎千反田えるのまえに、ひとりのボーイッシュな少女があらわれる。彼女の名前は大日向友子。ふたりの仲よさげな姿に入部を決めたという彼女は、折木の誕生日パーティーや喫茶店での試食といったイベントを通じ、急速に古典部員たちとの親密度を増す。ところが、マラソン大会前日「千反田先輩は菩薩みたいに見えますよね」という謎の言葉を残し、クラブを去った。ショックを受ける千反田と仲間たち。

 

これまでの作品で決して裏表のない「良いひと」として描かれてきたえるちゃん。そんな彼女が下級生から「菩薩みたいに見える」という当てこすりを言われ、窮地に追い込まれます。もちろん、古典部のメンバーはだれも彼女に落ち度があるとは思っていませんが、ひなちゃんが目を真っ赤にしながらクラブを去っていったことに戸惑いを隠せません。えるちゃんに対する「実は?」なんて疑惑が、物語を読むわたしたちをぐいぐい引き込みます。

 

関係者から「事情聴取」を行おうにもマラソンをしながらではままなりません。大会の時間的な制約もあります。楽しかった誕生日パーティーや試食会、そして、ひなちゃんに退部を決意させた、えるちゃんとの最後の際会。これらのエピソードに散りばめられた些細な言動を綿密にたどることから、果たして奉太郎は彼女の迷走していった心のゆらぎを読み取ることができるのか。遠ざかっていった気持ちの距離を概算できるのか。

 

作品の途中に『ゴドーを待ちながら』のタイトルがさり気なくあらわれます。相手に対して受け身を強いられるとき、ひとの気持ちは疲れ果てます。『ゴドー』におけるエストラゴンとウラジーミルのそうした姿は、ひなちゃんが退部を決意するにいたった経緯を暗示しているかのようです。ひととひとのあいだにある「何か」は正確に見積もれません。曖昧ゆえに救われることもあれば、同じ曖昧ゆえに苦しめられることもある。それが人間です。 

 

京アニは、この『ふたりの距離の概算』以降の作品についてはアニメ化しないことを表明しています。ひなちゃんの動くところが見たかったなあ。劇場版とかなし? 本作の文庫に期間限定カバーがついたのですが、そこには2年生になった古典部の面々が! 彼らの進級した姿が拝めるのも、この表紙が最初で最後なのか? 2年生になって最初のミステリー。初々しい1年生とのあいだに取り交わされた青春のほろ苦さをお楽しみください。

 

ふたりの距離の概算 (角川文庫)

ふたりの距離の概算 (角川文庫)