【マンガ】目覚めることを許さない無限循環する悪夢-『伊藤潤二傑作集』
///初見で『富江』というタイトルを見て食指を動かされるひとって、そんなに多くないと思う。「どんな演歌?」みたいな。でも、騙されたと思って、読んで、騙されてください、「すっごいおもしろい!!!」と。
///主人公の川上富江は、こころもちつりあがった瞳と左目の泣きぼくろが印象的な美少女。ただ性格にやや難あり、いわゆる女王様タイプ。男どもはこれにころっと引っかかり惹きつけられるが、途中からやけに邪険にしだし、しまいには殺してしまう。しかし、富江の富江たるゆえんは、その再生力。どんな殺され方をしようと(それがバラバラであっても)、必ず復元してしまう。言うなれば、魔女ですワ。
///1987年2月に発表され、デビュー作ともなった物語では、担任の先生をまんまと籠絡し妊娠までする富江。ところが、彼との痴話喧嘩の最中、不慮の事故で死んでしまう。課外授業真っ只中での出来事だったから、富江に反感をもっていたクラスメイトたちも富江の死体損壊と遺棄に対して協力を申し出る。トンデモないクラス! しかし、おぞましいことに、富江の体をのこぎりで切り刻もうとした途端、彼女が息を吹き返す。ここが一番の見せ場なんだろうね。その後、クラスメイトたちによってバラバラの場所に廃棄される富江。しかし、死んだはずの彼女が……。
///富江の体を切り刻むとき、先生と男子生徒たちがパンツ一丁になるのね。返り血を浴びないためと聞けばもっともらしいんだけど、わたしには死んだ富江とセックスをするネクロフィリアのメタファーに見えてしまった。屍姦。あまつさえ輪姦。そこもこの作品のおぞましいところかな。
///伊藤潤二先生が描く、少し影のある美少女やその特徴を引き写した美少年の原型はすべて『富江』にある。最初こそ松田聖子ちゃんにしか見えないけれど、作品が発表されるごとにどんどん洗練されていき、もはや伊藤先生にしか描けない領域に到達している。伊藤先生のキャラを見れば、それが伊藤ワールドであることはすぐ分かる。楳図かずお先生のタッチを見て、「楳図かずおだ!」と分かるように。
///これまでに8本も映画作品が作られているんだってさ。ざっと挙げてみると、
『富江』
『富江 replay』
『富江 re-birth』
『富江 最終章 -禁断の果実-』
『富江 BEGINNING』
『富江 REVENGE』
『富江 vs 富江』
『富江 アンリミテッド』
わたしがスタッフなら『最終章』あたりで、もうご勘弁、ってか三部作でまとめろよと言ってる。アニメ『おそ松さん』で『SAW』をパロっていたけれど、本当のネタ元は貞子ちゃんやこの富江ちゃんかも知れませんわね。
///伊藤潤二先生に関しては、こちらのリスペクターも忘れてもらっては困る。彼女の顔芸はもはや狂気のステージ(いや、褒め言葉だから)。マンガ作品を読む前に伊藤ワールドの片鱗に触れたければ、ぜひいくらさんのTweetをチェックしてほしい。
///伊藤作品の特徴は、美麗な少年少女ともうひとつ、めまいすら覚えるアイディアの奇抜さ、豊穣さ。いくつかあらすじとして紹介するね。
///公一は弟の双一に受験勉強を邪魔される。家を出ると騒ぐ公一に父親は部屋の防音改築を約束する。ところが、出来上がったのは四重の入れ子状になった、マトリョーシカのような代物。一番奥へたどり着くと、そこは頭がつっかえるほど小さくて……(『四重壁の部屋』)。
『四重壁の部屋』
///切り裂き魔と家族の窃視に悩む彩子は、叔母を頼って家出する。ところが、叔母の暮らす町は、町ごと迷宮に作り変えられてしまっている魔窟。住民たちも自分たちの気付かぬうちに町が増築されていると語るのだった(『道のない街』)。
『道のない街』
///眠るたびに夢のなかで過ごす時間が伸びていく青年。最初は二、三日だったものが、今では一年に。そして、夢のなかに滞在し続ける彼の肉体は変調をきたす。さらに長くなっていく彼の夢の時間に最果ては存在するのか(『長い夢』)。
『長い夢』
///個人的には『ファッションモデル』という作品に出てくる〈モデル〉が、ストーリーも不要なほど恐ろしくて、かなりのトラウマになりました、はい。
『ファッションモデル』
///楳図先生のような生理的嫌悪感をじわじわ刺激してくるタイプではない。どちらかというと『世にも奇妙な物語』のような目覚めてもなお覚めない、無限循環する悪夢みたいな感じ。でも、生理的に受けつけない作品もたくさんあるけどね、『なめくじ少女』とか。
///結末を明らかにしない「リドル・ストーリー」のような作品は多いけど、物語の登場人物たちが基本論理的に行動するところが好感。この手のホラーものって、登場人物の突拍子もない行動や脈絡ない物語の展開で有耶無耶にしちゃうものがあるけれど、伊藤ワールドのキャラクターたちは物語を投げ出さない。
///わたしが読んだ朝日ソノラマ版は全16巻。ただ、古書でしか入手できず。今なら朝日新聞出版から発売されている全11巻ものがオススメ!

伊藤潤二傑作集10: フランケンシュタイン (朝日コミックス)
- 作者: 伊藤潤二
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2013/06/20
- メディア: コミック
- この商品を含むブログ (4件) を見る